四月馬鹿の日

 はああ。人って殺してみても面白くないんだなあ。しかもこいつ全然喚かなかったし。なんだか損した気分。本日のみ大特価って書いてあったから買ったお菓子が後日行っても同じ値段で売られてたときみたいな。せっかく窓を割って入った車の中に置いてあるバッグの中に大したものが入ってなかったときみたいな。

 あいつがきみの悪口言ってたよって言ったときの顔ったらありゃしなかった。最初は冗談言うなよって軽い反応を見せるものの何も言葉を返さないでいるとだんだん表情がかたくなっていってそれでも放っておくと愈々泣き出してしまう。そこでふと、あ、ごめん、あいつが言ってたの別の人のことだったって言うと、えっホント? ってうれしそうに聞いてくる。だから、うんごめん間違えちゃった。あいつはそもそもきみなんかに興味ないんだったって続ける。そうするとさっき緩んだ表情がまた奈落の底に落ちていく。この緩急がたまらない。これを上回る快楽を知らない。どんな高級食材も絶景も傾国の美女も叶わないと思う。っていうか叶わないよ。絶対。

 もしここにランプの魔神が現れて、っていうかまあ田舎の祖母の家で会ったことあるけど。晩ご飯ができたって言われてリビングに向かう途中に廊下でね。もし、魔神が現れたとしてあなたの辛い記憶を消してあげましょう。ただし楽しい記憶も消えてしまいます。どうしますか。って聞いてきたらどうしよう。消してもらってから楽しい記憶だけまた楽しいことをしてゼロから構築すればいいかな。でも人生が下手だったから今まで辛いことも楽しいこともあったわけで。やり直しても同じなのかな。もしそうだとするのならあいつは殺しといて正解だった。あ、季節外れのクラムチャウダーが冷めちゃう。

 おそらくブロックされてるだろう恋人にライン電話を掛ける。案の定つながらなくて一定時間が過ぎると応答なしの表示が出てきて自動的に切られてしまう。だから何度も掛ける。出るまで掛ける。当然相手は出ないからトークルームには今日も緑色の電話のマークがいっぱい積まれていく。それを見ながらどうでもいいけどねと口に出してスマホをソファーの上に置く。その上に座ると居心地が悪くて最高。すぐ座るのをやめてベッドに移る。ベッドの上で寝転がってダラダラと動画を漁るのなんて最高 of 最高。人を殴るのの次に好き。

 窓を開けてベランダに裸足で出る。星座とか適当すぎだろって文句を言うために夜空を見上げるけどはじめから線で結ぼうと思えるほど数がなくて一抹の寂しさを覚える。ていうかまず雨降ってるし。暗いし目は悪いしで雨粒が全然見えなかった。それでも無理やり伸ばした腕にはいくつかの水滴の跡。びしょびしょになれないのが不満でもあるけど気にせず飛び降りる。コンクリートの地面は痛くて足にジーンとくる。ああ、なんだか気分が晴々してきた。今日は一年の中でも特別な日だからね。言いたい放題言わないとね。権利を存分に使おうね。濫用じゃないけどさ。え、どれが嘘かって。そんなの愚問じゃない? っていうかそんなに気になるの?

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