洋服を見に行って

 じゃあ、洋服とか結構見るんだ。

 うん。毎回買いはしないけどお店あったら見る。

 へええ。ウチそんな見ないからなあ。見てみよっかな。

 楽しいよ。見るだけでも。百貨店とかに入ってるとことかきれいな色のやつとか、奇抜なデザインのやつとかもあるし。

 そっかあ。今度やってみる。ありがと。

 うん。じゃあ、そろそろかな。

 うん、おやすみ~。

 おやすみ~。


 このハスキーボイスに癒されるんだよねえ。今日もよく寝れそう。名前も年齢も何も知らないけどそういう人と繋がれて気軽におしゃべりできるのがSNSのいいところだと思う。




 太陽は出てないけど青空。春の陽気という感じの気温。都会の街並みを見ながらブラっとするには最適だ。まあ、結局は建物の中に入るんだけどね。昨日通話で話したヴァンくんが洋服見るって言ってたからウチも見てみようと思ってね。家から在来線で一時間かけて新幹線の通るこの大きな駅までやってきた。ここには駅ビルがあって大きな百貨店があるからね。百貨店なんて小学生のころに母親に連れられてきて以来だ。あのときは市役所かなんかに用事があってウチを一人で留守番させるわけにいかないからってことだっけ。地下一階の食料品売り場でショートケーキを買ってもらったっけ。ショートケーキはジョリで買えるでしょって言われたけどウチはショートケーキが良いって譲らなかったんだって。これは大学生になった今でもウチの頑固者エピソードとしてよく母が披露してくる。そんな細かいことまでは覚えてないけど多分ショートケーキ以外のケーキのイメージができなくて、ショートケーキが良いって言ってたんだと思う。

 エスカレーターで四階に着いた。改札を出たところの一階の入り口にあったフロアマップによると四階がレディースの売り場、五階がメンズの売り場らしい。入ってるお店の名前もそこに書いてあったけどよく分かんなかったからとりあえず来た。いま来たところと反対側に下りのエスカレーターがあってそことここを囲むようにぐるっとお店が並んでるみたい。開店と同時に来たみたいな感じだからお昼ご飯までのんびり見ることにしよう。


 って感じで始めたけどよく分かんない。色んなお店があってそれぞれに何かしらの特色があるのは分かる。例えば最初に見たとこなら自然っぽい感じ。緑とかベージュみたいな色が多くて素材もふんわりしたのが多い。丈も長め。その次に見たとこはビビッドなビタミンカラーが主な感じ。元気溌剌って感じで短めのパンツとか軽い素材のパーカーとか。靴下とかもそんな色だった。で、その次は――って感じでそういうのは分かるんだけど、そうじゃなくてウチっていう項がそこに入り込めないんだよね。だからよく分かんない。良いとか悪いとかの客観的な評価はできるんだけど、それより先に進めない。とりあえず下りのエスカレーターのところまで来たからこれで半分かな。小さなソファーが置いてあるから一休み。


「お前ああいうの好み?」

「い―おれ―お―とわりだな。あし――いし」


 五階から下りてきた男子二人組の会話が聞こえてきた。おそらく私のことを言ってるんだと思う。好みかと訊かれて答えた方の声は掠れていてよく聞こえなかったけど。聞こえなくてよかったと思った。

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