ピンヒールが好き

 ピンヒールが好きなんだよ。好きなんだよ。普通の靴なんてもってのほか。普通のハイヒールでもいいんだけどやっぱりピンヒールが一番。なんて言うんだろ。この主張の強いデザイン。これで踏み抜いたら何にでも穴が開いてしまいそうな感じ。

 触ってみるととても頑丈で爪を当てるとトントンと乾いた音がする。音こそがピンヒールの真骨頂。タイル張りの床とかを歩くと、無言で相手を従わせるような強い音がカツカツとあたりに響く。その音を聞いているとだんだん気分が高揚してきて歩調も自然と早くなる。

 そういえば色はねぇ、私は何といっても赤かなあ。それもマットなやつじゃなくて艶のあるやつ。光をきれいに反射するやつね。まるでこっちを挑発してくるような色。魅惑的なフォルムと相まって本当に妖艶だと思う。

 だからさ、ね。



 うん。分かった。



 僕は大体ほかの人でつくられてると思う。今日の昼ごはんは菅原くんおすすめの牛丼屋の豚丼だったし、おやつにコンビニで買ったダックワースは大石さんが昨日食べておいしいと言っていたもの。いま住んでいるところだって、新井先輩に辻南キャンパスの近くならここが便利と教えてもらった地区だ。友華を待ってる間に読んでいた本は兄が好きな著者のものだし、もちろん集合場所になっているこのカフェは友華のお気に入りの店。

 だからさ、うん。

 

「ねえ、友華」

「どうしたのいつきくん?」

「これ歩くの難しくない?」

「うん、まあそりゃ。でも、ほら」

 友華は僕のことなんてお構いなしにマンションの廊下を抜けてエレベーターに乗る。一回もこっちを振り返ることはしなかったし僕が頑張ってたどり着いたときにはエレベーターは一階にあるようだった。じゃあ階段でと思ったけれど、こっちは本当に無理そうだったから結局エレベーターを待つことにした。まあ友華はマンションの下で待っていてくれてそこから一緒に駅まで歩いた。電車の中では周りの人が僕を見ている気がした。というか僕の足元を。

 この僕の憶測はやっぱり正しくて、ショッピングモールの中を歩いているときは周りがざわめいた気すらした。その反応を見て楽しくなったのか友華は歩くスピードをどんどんはやめて行く。僕は追いつくだけで精一杯ででもその姿がまたも彼女を興奮させているようだった。


「ほら樹くん、はやくぅ」

 友華がわざとらしくこちらを向いて手招きしている。ご無沙汰な甘い声が心地よくも恨めしい。


カッカッカッ


 タイル張りの床に僕の足音が響く。その音に驚いて自分の足を見る。そこには鮮血のような赤があって光に照らされていた。


「こっちこっち、遅いよお」


ぐにゅっ


 何かを踏んだ気がする。だけど僕は気にしない。

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