「輝良くんに救われたんです」

 こういう仕事をやっているとたまに届くのがファンレターだ。いざ自分がもらってみるまではそんなのは空想の存在もしくは天上人みたいな人たちだけがもらっているものだと思っていた。

 飲食店のバイトが忙しくなってきて大学を中退。彼女とも上手くいかなくなって別れた。結局残ったのはバイトだけでシフト以外の時間は家で寝るか適当に街を歩くかだけの毎日だった。

 そんなときスカウトみたいな人に声を掛けられて写真を数枚撮られた。実際に掲載することになったらこの番号から電話するからと言われた名刺の番号から電話が掛かってきたのは三日後のことだった。

 そこからファッション誌の特集に写真が何回か載るようになって、だんだんと自分だけのページを作ってもらえるようになった頃、ファンレターですよとマネージャーから一通の手紙を渡された。本当にファンレターってあるんだな、よほどのもの好きなんだなと思ったことを今でも覚えている。便箋が3枚、茶封筒の中に入っていた。



輝良きら


 こんにちは。大学2年生女子です。6月号の梅雨コーデの特集で輝良くんに一目惚れしました。もちろんそういうのはよくないと分かっているんですけど、何度見てもやっぱりかっこよくて、かっこよくて雑誌を閉じては開いて閉じては開いてしていました。

 私には年子の弟がいてメンズのファッション誌を買い始めたので生意気だなと言っていたのですが、メンズ向けってどんなんかなと思ってパラパラとページをめくると脳内に輝良くんが飛び込んできました(たとえじゃなくて本当にそういう感じでした)。二重でぱっちりながらも憂いを含んでいる感じが雨の日の雰囲気に合っていました。

 結局6月号は自分用に買いなおしました。それで輝良くんのページはスマホでも写真を撮って壁紙にしていました。もちろん今は10月の輝良くんの特集の中の一枚です。軽めの緑のニットとパーカーがおしゃれでした(表現が稚拙ですみません。男性のファッションはよく分からないんです。輝良くんに見惚れて洋服に集中できないというのもあります)。



 ここから丁寧に7、8、9月号のそれぞれに話題が移りここがよかったなどとコメントしてくれた。しかも最後には私事にはなりますがと断って、6月号を見たときは恋人との別れがあったときで傷心していたこと、そんなときに自分を癒してくれたのが、自分を救ってくれたのが輝良くんだと書いてあった。それは彼と少し雰囲気が似ていたというのもあると思いますとも書いてあって本当に私事だななんて読みながら突っ込んでしまった。大木りいなよりと署名があったあと余白に


p.s. 輝良っていい名前ですね(呼び捨てごめんなさい)


とあった。輝良ってのは活動名だよ、りいな。僕は心の中でそう呟いた。廊下を通りかかったマネージャーに事務所での保管をお願いして封筒を渡した。

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