真希さんへ

 花見に来たのに桜の樹が切り倒されていたとでも言うのかな。星を見るために頂上まで登ったのに雲がかかってしまったとでも言うのかな。まあ兎に角、きみを訪ねに海を渡ったのにきみは僕と入れ違いで飛行機に乗ったわけか。きみからすれば僕が入れ違いできみの国にやってきたと思うんだろうけど。

 なんとなく昔きみに連れられた通りを歩いたよ。どこの店の店員も僕のことを観光客だと信じて疑わないみたいで、どこでも買えるようなアクセサリーを買わせようとしたり、全然値引きになってない売り文句をつきつけたりしてくる。面倒くさくてこっちの言葉を話す気にもならないけど。まあ五年ぶりにこっちに来た記念になんか買っていこうか。

 よく分からない置物とか腕輪とかを買うのも癪だったから結局、買い食いに向いてる甘いお菓子を買った。その包みを持って帰ることにするよ記念にね。まあこんな感じでメイン通りをフラフラしていたら偶然きみのお母さまにお会いしたんだ。というか僕は遠目に確認したけど何をするでもなかった。そしたらわざわざこっちに来て話しかけてくださったからさ。さすがにね。

 ごめんね真希いま出張でねえ。二週間て話だったかしら。こう言われて僕は反応に困ったよ。だってきみのことなんて興味ないっていう素振りも失礼だし、逆に真希に会いに来たのにこれじゃ意味ない、みたいに固執するのもどうかと思う。だからそうなんですね。お仕事順調そうで何よりですなんて社交辞令のまがい物みたいなことしか言えなかった。

 じゃあみなさんお元気でって僕が会話を切り上げようとしたら、え、うち来ないのって当然のように訊かれてさすがにそれは――と断ったよ。さすがにのあとに何が続くのかは僕も分かってたけどそれは口に出せなかった。だったら真希に電話つなごうかなんて言われたからそれも断った結果がこれなんだよ。

 そこのコーヒーおいしいのよって半ば強引に連れられたカフェのコーヒーはたしかにおいしくて本題を忘れそうだった。私レターセットが好きでねえ持ち歩いてるのって言いながら差し出された便箋に促されるまま僕はいまこうやって書いてる。お気に入りのペンを持っててよかった。インクの色はきみの好きな紺色。この色にいまもこだわってるところに僕の気持ちが表れてる気がする。

 ちょうど二枚目の便箋もこれで終わりそうだからこのあたりで終わりにするよ。もしここまで読んでくれたのならありがとう。きみに会えなかったのは残念だけど、どこか安心している自分がいます。


南原より

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