李のTシャツ

 李は新進気鋭のアーティストだった。ファストファッションのお店で購入できる一枚千円程度のTシャツに絵を描いて作品として売っていた。作風やモチーフは非常に多岐にわたっていて特に李といえばこれといったものがある感じではなかった。黒の絵の具と白い生地でパンダを大きくあしらったり、カラフルな絵の具を全体に散らしてみたり、人体模型みたいに内臓を描いてみたり。イラスト以外にも宇宙人が使っていそうな文字でTシャツを埋め尽くしたりと本当に色んなものが販売された。どれもプリントではなく一点ものだった。

 李の作品は段々と富裕層の目にもとまり値段はつり上がっていった。そうなってくると当然、市場には模倣品が出回る。李はサインを入れたり通し番号をつけたりと様々な対策を講じたがうまくいかなかった。相手も相手でプロである。あの手この手で模倣品を販売し利益を得る。はじめこそ模倣品は売れるが流通数が増えるにつれ李の作品の価値は下がり、模倣品が出回っているという情報が出回りさらに李のネームバリューは落ち結局李の作品は売れなくなっていった。偽造業者は荒稼ぎをしてまた別のアーティストの模倣にシフトチェンジするだけだが李はそうはいかない。

 李はまだ20代前半の若い男だった。しかし芸術家にありがちな、と十把一絡げにするのもどうかとは思うものの繊細な気質だった彼は精神的に病んでいった。しかも彼を気遣う者のなかには取り入って資産を分けてもらおうとか洗脳しようとかそういった輩が一定数混じっていて彼の状態を悪化させた。作品の発表以外はもともと内向的だった李はどんどん殻に閉じこもるようになり、しまいには心配して家を訪ねて来た家族さえも拒絶するようになった。何をする気力もなくなった彼は何も食べずそのまま死んでいった。アパートの大家は李が芸術家であることも彼が置かれている状況のことも知っていたから初めこそ様子を見ていたりもしていたが最終的にはそっとすることを選んだ。そしていよいよおかしくないかというときにマスターキーを使って李の家に入り第一発見者となった。面影のなくなっていたその男は李だということが検査で判明した。

 アーティストとして名を馳せた李は自身の作品が原因で追い詰められ死んでいったと言えるだろう。死んだ李は自分がデザインしたTシャツを着ていた。死んだ李が着ていたTシャツというのは巷をにぎわせマスコミに取り沙汰された。そのTシャツに描かれていたのは青空の下の公園とそこで遊ぶ子どもが一人だった。空は曇天ではないし公園もすべり台とブランコ、砂場というありふれたものだった。子どもも笑ってはいないものの特に変わった点はない。死の苦悩が描かれているのではないか、鬱々とした感情が表現されているのではないか。そういった下卑た期待は裏切られ李は本当に世間に忘れ去られた。李はどんな気持ちで遺作をつくったのだろうか。

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