きみに会うために

 山さん。山岸満は周りからそう呼ばれ慕われている。彼がなぜ好かれるかというのを考えるとやはり面倒見のよさというのが主な理由だろう。とくべつ頭が良いというわけでもないが課題で分からないところがあれば一緒に考えたりしてくれるし、人間関係の悩みなんかがあったら快く応じてくれる。彼の言葉は丁寧で話しているだけで心が癒される気がするほどだ。もちろん教授陣からの信頼も厚く先生の中でも山さんというあだ名は定着している。課題を期限以内に出すのはもちろんのこと、その内容はいつも合格ラインを遥かに超えている。山岸が講義後にする質問なども鋭いと言われることが多い。

 そんな山岸にも一つ不思議なところというか多くの大学生とは異なるところがある。睡眠時間が異常に長いのである。まあこれが悪いところと言われないのが山岸への好感の現れとも言えるが。可能な限り早く寝て遅く起きるを信条にしているらしい。寝るのは大体八時か九時で起きるのは八時くらい。重要な集まりがあるときなどはこれに従わないものの大抵は睡眠時間が優先される。だからサークルの飲み会などは軒並み欠席。山さんはよく眠るというのは周知の事実なので誰も何も言わない。それどころか例外的に出席したりしていると周りが睡眠時間は足りるのかと心配するほどだった。

 だがなにも山岸がよく眠るというのはロングスリーパーで寝ないと体が動かないとか頭が回らないとかいうことではない。実際高校までは一日五時間睡眠、長くて六時間睡眠で日常生活に支障はなかった。だからこの事実を知っている同じ高校出身の人は山岸が夜早く寝て朝遅く起きる生活をしていることを不思議に思っただろう。一度そういうことを小耳にはさんだ者が尋ねたことがある。そういえば山さん、なんで高校までは睡眠時間短かったのに今ではあんな長いんですかと。そのとき近くにいたものは静かに聞き耳を立てていた。みな気になってはいたのだ。


 ある人に会うためにね。


 山岸はいつもの落ち着いた口調でそう短く答えて元の話題に戻った。このことは忽ち噂になった。ああ、やっぱりあれだけのいい人には恋人がいるよねという納得が大半だったが、山さんが寝ていないのに寝ていると嘘を吐くとは思えないという声も聞かれた。そんな嘘に意味があるのかというのももっともだった。もし山さんが嘘を吐いていないとすれば寝ながら誰かに会っているということになる。そしていつの日か夢の中で出会うということではという憶測が出始めた。でも夢って見たいものが見れるわけじゃなくないという意見に対してある答えが出た。だから可能性を高めたいわけか、と。

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