ロークディッシュでの一日

 絵の具のブラックとホワイトを適当に混ぜたような冴えない色の空。でもこの色にも見慣れた。ロークディッシュに初めて来たときにはこんな天気がずっと続くのなら一瞬で気が滅入ってしまいそうだと思ったけれど一年で慣れてしまった。

 だけど慣れないこともある。この街には色んな人格がある気がする。たとえば秋のフィングルム祭のときには一気に観光地の色が強くなる。その日は紫色のものを身につけると良いという言い伝えがあり、道は紫色で埋め尽くされる。店員さんや警察官、医者などもみな紫色の上着を着たり紫色の靴を履いたりする。土産もの屋では紫色のキーホルダーや帽子などが大々的に売り出される。

 冬になると雪が降る。豪雪とまではいかずとも今度は一面が真っ白になる。住人は静けさを好む性格からか雪の日は誰も外に出ない。家の中で買い込んだワインやチーズなんかをつまむのが定番の過ごし方である。最近は通いのバーで気に入ったワインをスーパーで見つけたのでそれを買って飲むことにしている。

 手袋が要らなくなると春の合図。深紅の葉が印象的なリーレンスのつぼみがほころび始める。花の色は薄い黄色で葉っぱの色からは想像がつかない。そういう薄い色がロークディッシュの人々に好まれているのだろう。

 そう考えると郷土料理のトンスルリィも人参とジャガイモのペーストを伸ばして揚げただけのチップスだから薄味でどんなものにも合うのが特徴だ。チリソースにも生クリームにもオリーブオイルにも豆板醬にも合う。そういう何にでも染まる良さというのが特徴の料理だ。

 こんなことを考えながらぼんやりとある女性のことを思い浮かべる。まあぼかす必要もないか。ラピーズ。うん、ラピーズのことを思い浮かべたんだ。僕の言葉では形容できない淡い茶色のような色。なんで彼女のことを思ったかって。「何の面白味も無いわね。何の主張もしないし。私のことどうでもいいんでしょ?」このときほど彼女の声をきれいだと思ったことはない。

 あ、雨だ。冷たい。実はさっきから降っていたみたいだ。ベージュのコートがいつの間にかまだら模様になっている。なんだかなあ。とりあえずどこかで雨宿りしようか。あんまり馴染みのない通りに来てしまったからどこにふらっと入っていいかも分からない。あの水色の屋根のお店は何のお店だろう。文字がかすれて読めないがおそらく雑貨屋か何かだろう。

 ギィッ

 扉の音。ベルの音もしなかったし店内には何の音楽もかかっていなかった。だからだろう。僕の意識は小さな音のしたショーケースの奥に奪われた。そこから出てきたのは腰の曲がった老婆だった。並べられているのはガラス食器の類でどれも繊細で美しい。この底が丸く加工されたグラスでウィスキーでも飲んだらおいしいだろう。

 僕は老婆を呼んで値段を尋ねた。340ハドリ。少し高いかと思ったがこの加工なら頷ける。

 店を出たときには雨も止んでいた。太陽は出ていなかったけれど心なしか空がきれいに見える。おかげで紙袋が濡れることなく家に帰り着いた。包み紙になっていた古新聞をめくると中からきれいなグラスが出てきた。二つ。

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