プレイウィズイナプレイ

 大辻さん、お届け物でーす。

 インターホーンで顔を確認すると宅配の男の人がいた。少々お待ちくださいと言ってオートロックを開錠する。少ししたあとインターホーンがもう一度鳴ったのでドアを開ける。受け取ったダンボールの中には私の好きなキャラクターのぬいぐるみが入っていた。一緒に入っていたファンレターには私の演劇が好きだ、特に独白シーンがということが書いてあった。このキャラのことが好きだとSNSで言ったことがあるからその投稿を覚えてくれていたのだろうか。ぬいぐるみはとりあえず箱から出して本棚の上に置いた。ついでに冷めたホットミルクをレンジで温めようとすると停電してしまった。玄関の電気がつけっぱなしで、コタツとエアコンもつけていることを思い出した。



 ねえ、なんでこんな嘘ついたのよ。机にドンと手をつきながら背の高い女性が声を荒らげた。女性にしては低めの声が迫力を生んでいる。そう言われた男は少しのけぞりながら、ごめん、部長に言われたから断れなくてさ、と答える。女はそんなこと聞いてないと言った。たしかに女が尋ねたのは嘘をついた理由だ。えっと、それはね――。男はネクタイを外しながら机の上のスマホに目をやりつつ話し始めた。通知を切り忘れたのがいけなかった。



 僕がこの女性、美鈴さんに会ったのは去年の忘年会のあとに寄ったキャバだった。そのときは本当に部長が俺の行きつけがあるとか言って僕とあと二、三人の部下を連れていったんだ。なんだけどお気に入りのひとは忙しくて結局はヘルプで入った女が相手をしてくれたんだ。そのときのヘルプが美鈴さん。なんだか冴えないって感じだったんだけど。不思議と心地よかった。その日はそれきりで僕たちは帰ったんだ。それで前年度末の出張の帰り。私鉄の駅から歩いて乗り換えをしているとき偶然僕は美鈴さんを見かけたんだ。そのときはまだ夕方だったからシフト前。なぜか僕は声をかけてしまって開店前のお店で少し飲むことにしたんだ。連絡先を交換したのもそのとき。



 涼しい顔で馴れ初めを話した夫にイラついた妻はこの話も質問の答えになっていないことに気づかず、もう一度机を叩いた。今度はグーで。机は大きく揺れた。



 え? 次は地震? さっき停電があったばかりなのに忙しいな。いや停電は私のせいか。地震は自分の勘違いじゃないのか、本当に地震が起きたとするなら震源はどこなのか。確認のためテレビをつけるとバラエティをやっていた。そっかもう7時か。でも地震は起きていないのかな。テロップも出ていない。じゃあ勘違いか。そう思ってテレビを消そうとしたが画面に映っている部屋に見覚えがあった。そこは自分の部屋だった。そしてそこに立っているのは私? なんだか怖くなった。心を落ち着けようと思って飲んだホットミルクはまた冷めてしまっていた。

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