血を飲む転校生

 河内昇です。よろしくお願いします。


 とりあえず高木に言われた通りにあいさつを済ませる。俺はこいつらを知っている。

 やっぱり案内されるのは窓際の一番後ろの席。そこは本来は灰谷恵の席であって、もう3年ほど登校してきていないから実質的にはいないものとして扱われていて、だから自分はこの6年2組に入れられたのだ。この転校生を興味深そうに覗う目。それでいてあまり積極的に話しかけすぎるとイタイやつ、出しゃばってるやつだと思われるからそれが嫌でそこまで熱心に話しかけては来ない感じ。もう十回くらいは経験していると思うが慣れるものでもないし心地よいものでもない。


 俺は分かっている。このままだと自分が灰谷から殺されてしまうことを。自分は平行世界から来たのだ。だからある程度の予想はつく。例えば今日の1、2時間目の図工では糸のこぎりを使ってのジグソーパズルづくりが始まり、その途中クラス一のお調子者小野寺が右腕と右手の親指をざっくりいく怪我をする。本当はこれも止めてあげたいけどこれを止めると代わりに自分が怪我をしてしまい、大事をとって入院した自分の見舞いには小野寺を含めたたくさんのクラスメイトが自分を訪ねに来てくれる。それはほとんどが義理や大人の事情でいやいや来ているだけ。だけどそのことを知らない灰谷がなぜ自分の見舞いにはまったく人が来ないのだ。と憤って嫉妬して翌日僕を殺しにここにやってくる。僕はベッドに寝たままなので俊敏に動けずそれで死んだ。

 だからこのルートはダメ。このことは3回目で学んだのだけれど、そのほかにも人気者になった僕に敵意識を抱いてきた灰谷が教室に急に来て僕を窓から突き落としたり、一緒に帰ろうといって走り抜ける車の前で押してきたりと色んな方法で僕は殺められた。そのたびに僕は自分の血をなんとかすすった。そして自分の血でむせると僕は平行世界に行けるのだ。実質は自分で異なる行動を意図してとっているだけなので平行世界にしているという方が正しい気もするけど。


 さあ今回はどうしようか。何もかも分かっている。灰谷はなにせ嫉妬しやすい。

 だから打つ手はない。だって僕が必要以上に目立つと3年間不登校というめずらしい肩書きを持つ灰谷のものめずらしさが消えてしまうのだから。ということで考えた。


 先生、きょう灰谷さんのお家に行ってもいいですか? あいさつがしたいしプリントなども渡したいと思います。家も近いので。


 ああ、じゃあよろしくな、河内。


 高木はあっさり承諾する。高木が灰谷に手を焼いていて何とかしてほしいと思っているのは容易に想像がつくし実際いままでの平行世界でもそういう態度ばかりだった。まあ殺人鬼になってしまうような生徒など大変だと思うけど。


 帰りの会が終わったら僕は高木に言った通り灰谷の家を訪ねた。5回目のとき灰谷に自宅に呼び出されたことがあるので、家までの道順は慣れているし入り方なども勝手知ったるものだ。だからベランダの鍵がかかっておらず灰谷は2階の自室で本ばかり読んでいることだって知っている。


 おい灰谷。今日こそお前の血を飲んでやる。僕は包丁を突き刺した。


 平行世界へのトリガーは自分の血を飲むこと。そして平行世界に行ける能力はその能力の持ち主の血を飲むことでも得られる。その場合、血を飲まれてしまった側の人間は平行世界に行く能力を失う。

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