結局は

 映画を観た。久しぶりの映画館は小さいシアターのはずなのに、なんだか広かって人も全然いなかった。入ってる人数は私を入れても十人くらいでどこかさびしい気もしたけれど、あっという間に照明が落とされて本編が始まった。ドリンクを買おうかとか炭酸は止めておこうかとかポップコーンはキャラメルにしようかとかそんなことを考えていたら上映時間ぎりぎりになったから、他のタイトルの宣伝や撮影禁止の注意喚起の映像なんかは見れなかった。本編が始まる前に見る宣伝ってのは何だか魅力的で公開日なんかを覚えるんだけど、映画館を出るときにはすっかり忘れてしまう。

 今日のお目当ては動物たちの物語だった。サバンナで家族とはぐれてしまったシマウマが路頭に迷っているとライオンが助けてくれた話。ライオンに睨まれたシマウマはもう終わりだと思ってぎゅっと目をつぶるんだけど食べられなかった。不思議に思って目を開けるとそこには遠くの方を向いたライオンがいてのんびりと歩き始めた。なんとなくその表情からついてこいということかと思ったシマウマはどうせ死ぬはずだったんだと思ってついていった。結果そこにはシマウマが一緒に行動していた群れが歩いていて当然家族もいて、ああよかったね。ありがとうライオンさん、という話だった。

 現実味の無い話だったし何が伝えたいのかとかも分からなかったけど、こんなよく分からない映画を選んでしまった自分が情けなかった。十作品くらいのポスターから選ぶのさえ失敗したわけだ。口コミや評判、そういったものを信じたくないという天邪鬼な性格も災いしてるんだろうけど。

 そういえば映画をこの映画を見に来ていたもの好きはたいてい自分みたいに連れはいなかったけれど一組だけカップルがいた。大学生どうしという感じだった。ラストに差しかかってくると急に女の方が泣き出して男の方は狼狽えながらも必死にあやしていた。あんまりマナーがいいとは言えないけれどだれもそんなことは気にしていなかった。もちろん私も。その様子を見ながらその涙はなんの涙なんだろう、悲しみ? 感動? それともかよわいアピール? そんなことを考えていた。そしてまあ別になんの涙でもいいかという無意味な結論に達したあと最近自分が泣いていないことに気づいた。さっき挙げた以外にもうれし涙や悔し涙なんてのがあるけど、そういうのも最近は全然なかった。泣くような出来事が無いからなのか無感情に近づいているからなのかは分からない。

 だけど一年に一回くらいは泣いている気がする。そういうときは大体、家に帰りついてご飯を食べ終わって食器を洗い終わって、さあ何をしようかって椅子に座って考えるときだ。終わってから始まるまでの一瞬の空白。その隙間に脳が動いていないそのタイミングに涙が出てくる。それで数秒ぼおっとしていると自然と涙は止まっていて、そのときに初めて自分が涙を流していたことに気づく。そのあとどうして涙なんかと考えかけて理由の欠片らしきものが見つかったとき私はその欠片が何遍も見たことのあるものだと気づいて厭になって全てを棄ててしまう。

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