お返しをもらって

「はい、これバレンタインのお返し」

 そう言って淳は舞妓のイラストが描いてある紙袋を私に突き出した。おい、何だこれは。表情に出ていたのか、ほら開けてみろよ満里奈と言われた。開けるとそこには生八つ橋12個入りの箱が入っていた。何か言おうとするも言葉がまとまらずにいるとすかさず淳がにやけながら、

「ちゃんとニッキだぞ。好きだろ?」

 ああ、好きさ。ニッキ味。あの何なんだかよく分からない味が。それに今日は3月14日で確かにホワイトデー。私があげたウィスキーボンボンのお返しだということだろう。それに淳の仕事はゼネコンの営業だから地主さんのところに出張に行くことも多い。だから京都に行ってきた。そこで土産を買った。ちょうど満里奈の好きなものは生八つ橋のニッキ味だ。よし、買おう。そんなところだろう。私は頭に来た。だから紙袋ごと潰した。グシュアという音がしたかと思うと手には箱の感触が残る。そらそうだ、箱ごと潰したんだから。淳は驚いている。え、好きだろニッキの八つ橋? 違う、そうじゃないんだ。ホワイトデーのお返しに京都土産というのが嫌なんだ。それは京都土産であってお返しではない。お返しのつもりであってもそれは京都土産なのだ。その違いが分からないだろうか。

「中華でかぼちゃの天ぷらが出てきたら嫌だろ。いくら豆板醬をつけて食べてくださいって言われても」

 自分でもよく分からない喩えを出してきて説明する。かぼちゃの甘さと衣のサクサク感。そこに豆板醤の辛味とねばっとした感じ。お、なんかビールが一杯いけそう。一瞬でもそう思った自分が厭だったし天ぷら食いてえなと何食わぬ顔で言った淳のことがもっと嫌だった。こいつ私のこと舐めてやがる。なんかよく分からないこと言ってるから放っておこう。そう思ってるに違いない。

 そうだ。それだ。それ。淳は私を舐めている。そう。それ。まさにそれ。チョコのお返しに京都土産なんて舐めているとしか思えない。この舐められているという感覚に耐えられないんだ。今の自分は。そう思うと少し冷静になれた。八つ橋に罪はないかと思ってカーペットの上に落ちている箱を拾う。角が少しやられていて箱はべこっと凹んでいる。力をかけられて膨らんでしまった薄い箱は逆の方向に押してみても元に戻りはしない。一度生まれた歪みは決してなくならない。俺ももらっていい? またしても訳の分からないことを言う淳をぶちのめしたくなったが既に右手には八つ橋があったからできなかった。

 二、三切れつまんだあとなんで私はこんな男といっしょに呑気に八つ橋なんて食ってるんだろうという気持ちになってぎゅっと拳を握った。手のひらにも白い粉がついた感触がした。何もかもがどうでもよくなって私は残りの八つ橋を全部食べた。淳はその様子を見て笑いながらもう一箱八つ橋をカバンから出してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る