車で走り抜けて

 おかしい。なぜか自分が車を運転している。免許すら持っていない自分が。助手席にも後部座席にもだれも乗っていなくて一人自分が右足をアクセルの上に乗せてハンドルを両手で握っている。しかしどうやらこれは現実ではないようだ。アクセルに踏み応えが無いしハンドルの感触が柔らかい気がする。まあ実際に運転したことは無いのだけれど。

 現実ではない、そう思って外を見るとたしかにおかしい。あたりは仄かに暗いだけで周りが真っ暗で見えないというわけではないはずなのに車窓からは何も見えない。他の車や歩行者、建物やガードレールすらも。

 そんなことを考えながらもなぜか自分の体は車の運転を続けている。なんなんだろうこの状況は。よく分からないが不思議と心地よいので難しいことは考えず放っておこう。こうして数秒走らせていると道路上に人が現れた。身長からしておそらく小学生。絶対無理だ轢いてしまう。そう思ったもののハンドルもブレーキも固まって動かない。もうどうしようもできない。少年よ堪忍。そのまま少年にぶつかるとぶつかったという感覚もなく通り過ぎた。なんだったのか。ホログラムの類だろうか。

 人を殺めなかった安堵ゆえか急にさっきの少年について考えが浮かんできた。そういえば大きく傷の入った黒いランドセル、自分のに似ていた。服装も自分が兄からお下がりでもらった長袖のシャツとズボンにそっくりだった。進行方向を向いていたから顔は見えなかったけれどあれはもしや自分では、そう思うと妙にしっくりきた。

 おっと、遠くに男が立っている。今度は連れがいる。長い髪とスカートだからおそらく女子だろう。ここは高速道路みたいな道なので横断歩道などは無いが道路の端に静かに二人は立っていて横切る機会を窺っているようだった。早く、早く渡ってくれ。そう思っているのだが中々渡ってはくれない。ああ、このままだとまた轢いてしまう。でもまあ大丈夫だろう。どうせ通り抜ける。そう予想しながら二人の顔をじっと見る。やはりあれは過去の自分だ。横にいるのは高校のときに付き合っていた彼女だ。たしか名前は何だったか。思い出せないのが申し訳ないので思い出そうとしなかったことにする。ちなみにやはり霧のように通り抜けた。

 何だこの道路は。過去から未来へと時間軸を移動しているのか。そう思っていると順当に大学生の自分とサークルの仲間たちが一瞬にして出てきてそこをまた自分は一瞬で通り抜けた。自分たちは安い笑顔を浮かべながらどうでもいい話をしているように見えた。ここからは退屈だった。数年おきの微妙な昇進や異動を迎えたタイミングの自分が立て続けにでてきた。どの自分も幸福そうな不幸そうな顔をしていて生気があまり宿っていないように見えた。途中からは妻もいた。社内結婚というやつだった。

 なんだか車の速度が落ちてきた感じがしたころ、また道路に男が現れた。白髪が混じっているところカバンを持っていないところを見ると定年後の姿かもしれない。男がこっちをフロントガラス越しに睨んだ数秒後、車と衝突した鈍い音がした。慌てて運転席から下りて確認すると男の呼吸音は聞こえなかった。胸の上下動を確認しようと仰向けになるように動かすと、うっすらと笑っているのが分かった。

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