ドア、…… 、ドア

 未来から来たネコ型ロボットが持っていそうなドアが置いてある。もちろんワープの機能はついていなくて開けてもただその先に行くだけだ。こんなものが一つあるだけでも不思議なのに、これと同じようなもの――ドア枠とでも言うのだろうか――がたくさんあって列を成している。しかもここは山の中に佇む孤独なゴミ屋敷だ。

 ゴミ屋敷というのが正直な感想だけど、そういったことは依頼者の前では絶対に言うな。仮に依頼者がそういう言葉を口にしたとしても絶対に同意してはならないと先輩から教えられた。だから、ゴミ屋敷なんですけどなどと言われてもそんなことないですよとか物を大切にされるんですねとか誤魔化すことにしている。別に話を逸らしてもいいし。

 僕たちの仕事はこういったゴミ屋敷の掃除。住居者本人からどうにかしたいけど自分一人じゃ片付けきれない、意志薄弱でリバウンドしてしまう。それに親類なども誰も助けてくれない。だから来てくれというケースや故人の部屋を整理したい、処分したいという依頼のケースもある。

 今日の依頼は後者だ。一週間前に亡くなった祖父の家の整理を手伝ってほしいという高校生女子からの依頼だった。どうやら子どもが巣立った後、つまり依頼者の母親が巣立った後からゴミ屋敷への変化が始まったらしい。それで自分の母親は既に祖父に対して愛想を尽かしているからせめて自分が、ということらしい。祖父にはよくしてもらったんですとも話していた。

 依頼者の立ち会いは必須と自分の会社では決まっているので授業も部活もないという今日、日曜日に来ることにした。玄関から順に片付けていったあと一階は残すところ端のこの部屋のみということになった。物置代わりにしてあって自分もあまり入ったことはないという話だった。

 そしていざ開けてみると冒頭のドアである。部屋の入口を開けたすぐのところに同じような大きさのドアが置いてあり、とりあえず開けるとまたドアがあった。ドアを開けなくても脇から部屋の中は移動できるのだけれど、興味津々といった様子で依頼者の女の子は次々とドアを開けていった。

 ボロボロの木製のドア。硬い材木が黒く塗られたドア。金属が錆びてしまったドア。なぜか目に刺さるような鮮やかな黄色のドア。かがむ必要のある少し小さめのドア。実に色んなラインナップで同じものは二つとないような気がした。

 ついに百個かというところで壁に当たった。別に何が途中にあるわけでもどこかに繋がっているわけでもなかった。これは何なんでしょう。いや、私が質問するのもおかしな話ですよねハハハ。と少女は笑った。確信めいたことは申し上げられませんし、私はそういった感覚を持ってはいないのですが、と断って私は話した。

 ドアというのは当たり前だが二つの別の空間を繋ぐものであること、それはドアがお互いに性質の異なる気が混ざり合う場所であるということ。そういった閉ざす一方で開けておくという役割は古くは注連縄しめなわや鳥居、門が担ったこと。つまりこの部屋にはたくさんの境界がびっしりと詰まっていること。さっき私が依頼者と一緒にドアをくぐったのは依頼者が一人だと他の世界に紛れ込んでしまう可能性が高く万一のことも考えて後ろから着いていったこと。昔この企業の採用面接を受けたときに霊感の類はあるかと訊かれ、無いと答えたら即刻採用になったこと。

 ここまで話すと依頼者は思い出したかのように、死んだ祖父の体には傷一つなくどちらかといえば晩年の姿よりも溌剌としていて死因は未だ不明であると言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る