お菓子買ってよお

 平日の午後。スーパー。お菓子売り場。チョコを持った子ども。


「ママぁ、これ買ってぇ」母親の方に勢いよく駆け寄って膝にしがみつく。顔を上げて見つめる。


「ダメ。前もお菓子買ったでしょ」一瞬、視線を下げ我が子の方を見る母親。


「ええ~買ってよ」無下にされるも食い下がる子ども。


「ダメって言ったらダメ」それでも切り捨てる母親。


 なんで買わないのかなあ。買えって言ってるのに。これを買うことには3つのメリットがあるのに。

 まず第一に、僕の機嫌がよくなる。これは単なる僕側のメリットの域を超えて母親ひいては家族全体へのメリットとなる。僕の機嫌がよくなることで泣くことも少なくなるし言うことを聞くようになって、あまり手がかからなくなるから。具体的には、は朝決められた時間にちゃんと起きてくるし、着替えもすぐに済ます。そのあとの朝ごはんも机の上を汚すことなくだらだら食べることもなく食べ終わってバスの時間にちゃんと間に合う。園バスを待たせてしまって先生に謝るというイベントも発生しないし、何なら少し早めについてママ友同士のおしゃべりを楽しむこともできる。

 第二に、この会社の売り上げが伸びる。実はこの会社、幼児向け菓子としては名が売れており、ある程度利益が出ているものの近年、他部門の売り上げが芳しくなく全体としては業績が落ち目である。もちろん、この商品が一個売れたところで単価はたかがしれているからこれを一個買っただけで傾きかけている経営がすぐに元に戻るというわけではない。しかし、一つ二つと売れていくことでこのスーパーは卸売りに一定量の注文をかける。注文がかかっていれば需要アリということで生産は進む。逆に一回の仕入れ分に対し捌ける量が段々減っていくとどこかの段階で注文が打ち切られる。消費者側はあら、置かなくなったのねで済む話だが会社側としては着実に販促ルートを失うわけだから大問題である。

 第三に、このスーパーの売り上げに貢献できる。これは何を当たり前のことをといった感じだろうが案外この意味は大きい。売り上げが減ると店舗そのものの存続すら危ぶまれる。現にこの店から車で5分の所にはショッピングモールがあるし、徒歩3分の範囲内には低価格路線のスーパーがある。こちらの方が優勢となって閉店となってしまってはこのお店の利用者は当然、困る。もちろん母親はそのうちの一人なのだがそこまで考えが及んでいないようである。


「ねえ買ってよお」子どもがもう一度駄々をこねている。

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