お好みのチョコを
今日はバレンタインデー。ショコラティエにとっての正念場。二月はバレンタイン需要で売り上げは伸びるし当日にふらっと買いに来られるお客さまも多い。この日は本当に忙しくなると以前ホテルで一緒に仕事をしていた先輩から言われたけど、たしかに噂に違わず今月は一日から忙しかった。それにバレンタインで店を初めて利用したお客さまがリピーターとなってくれることもあるからただのイベントだと舐めないほうがいいぞとも教えられた。自分では最高のチョコを作っているつもりだからお客さまが気に入ってくれればいいな。よし、今日もがんばろう。
「いらっしゃいませ」
開店してから十数分ではじめのお客さまがやってきた。少し寒そうなフリルのスカートに赤のマフラーと淡いピンクのイヤーカフが目に入る。ドアを開ける前に周りを確認していた様子からすると予めこのお店を調べてくれていたのかもしれない。開店時間も元から分かっていたのかも。壁沿いの洋菓子の棚を軽く見た後ショーケースのほうにやってきた。並んだチョコレートを一つひとつ見ている。
「あ、あの、このお店って好きなのを選んで箱に詰めてもらえるんですよね」
「ええ、当店では――」
独立してから私はこの説明を幾度となく繰り返してきた。お気に入りを見つけてほしい、をコンセプトにここリュービーミーではチョコレートの詰め合わせを行っている。自分用のチョコという需要を取り込む狙いもある。定番チョコ20種類と折々の限定チョコ5種類の計25種類の中から好きに選んで一箱に詰めて購入することができる。箱の大きさは6個入り、12個入り、20個入りの3つがある。そういった説明を終えると
「ありがとうございます。それとお聞きしたいのですが――」
「はい、なんでしょうか」
「甘くないチョコはどれですか。甘くないっていうか苦さが売りみたいな――」
「はい、それでしたらこちらのカカオ70%のチョコやナッツが入ったビターチョコ、ブランデーを使ったこちらなどがおすすめですね」
いかにも甘いものが好きそうなのに人は見かけによらないものだ、と思ったがバレンタインだから相手の方が甘いのが苦手なのかなと気づいた。同時に自分に相手がいないがゆえの貧弱な発想にも気づかされた。
◆◆◆
閉店間際、いかにもキャリアウーマンといった感じの女性が駆け込んできた。パンツスーツが決まっている。たくさんのお客さまに来ていただいて疲れていたけれどこちらも背筋が伸びる。
「ええと、このお店、好きなチョコを選んで買えるんですよね」
「はい、その通りです」
「じゃあ、一番甘いのから順に6個の箱に詰めてください」
あんまり高くなっても気を遣わせるし、というつぶやきも聞こえてきたが、気にしないことにして
「かしこまりました。何か苦手な果物などございますでしょうか」
「ええっと、たしか――。柑橘系は避けてもらえますか、すみません、よろしくお願いします」
「かしこまりました。それではそのようにさせて頂きます。こちら6個入りで税込みで1000円になります」
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております」
たくさんのお客さまが来てくださったけれど、このお二方が特に相手を頭に思い浮かべている姿が印象的だった。
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