ママの宝探し

 昼寝から目を覚ました幼児が周りを見渡した。いつもならキッチンで忙しく晩ご飯の支度をしていたり、ベランダで洗濯物を干していたり、たんすに片付けるために洋服を畳んでいたりするはずの母親の姿が見当たらない。それに今日はパートの日でもない。その子は寝返りを打ちながら首を回して母親を探すのに限界を感じたのか、起き上がって床に座った。

 視線を高くしても未だ母の姿が見つからないため、家の中を探そうかと思って立とうとしたところ足元の積み木に何かメモが貼ってあるのに気づいた。幼稚園でひらがなを習い終わっているし、いつも読み聞かせをしてもらっているから簡単な文章なら理解できる。


 ごはんをたべるいすのうえ


 じっとメモを見たあと意味を理解したこの子は食卓のそばまで行った。どうやらこれは宝探しのようだということにも気づいた。急な外出だったけれど、自分が外出している間、ひまを持て余さないようにと母親が仕組んでくれた仕掛けなのだろうということもうっすら理解した。


 いすの背もたれにゆっくりと手をかけいすを後ろに引く。いすの脚が絨毯に残っている跡をなぞる。いつも浅く座っては母親に注意されて引きずりながら座り直している結果である。クッションの上には赤い折り紙が置いてあってまだ文字が書いてあった。母親の特徴的な丸い字である。


 へんしんべるとのうら


 きちんと片づけをしていないのでどの棚に何のおもちゃが入っているのかさっぱりである。結局、すべての棚の中身を出して物色を始めたようだ。それでも大っぴらに散らかせるのでうれしそう。途中ミニカーで遊んだり、ボールを遠くに投げたりと寄り道したけれどお目当てのものが見つかった。がちゃがちゃと動くパーツの裏にたしかに付箋が貼ってあった。


 といれのべんきのうえ


 最近やっとトイレも一人でできるようになったこの子は自信満々で廊下を歩きトイレのドアを開けた。いともあっさりと次の指示も見つかった。パチンコ店のチラシの裏に黒のマジックで大きく書いてあった。


 おふろにはいっています ままより


 なあんだお風呂か。そんな表情を浮かべながら廊下を挟んだ向かい側の部屋の扉を開ける。確かにいつもは開いている洗面所のドアが閉まっていた。これはお風呂に入っているから勝手に入らないでねというこの家のルールだった。子の父と母が離婚したのもこういった小さなストレスの結果だった。浴室には電気がついていた。水の音はしない。ゆったりと湯船に浸かっているのだろう。


 まま、あけちゃうよ。


 待っても返事が無いので子どもはドアを開けた。母親は赤い湯船に浸かっていた。鏡には落書きがしてあった。


 みつけてくれてありがとう。ままはつかれました。

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