人生の模範解答

 おや、カゴに何か入ったままだ。手帳か何かだろうか。買い物かごをカートに乗せたあと人の少ない売り場の前で一旦止まって、手帳をパラパラめくる。最後の方に持ち主の名前とか電話番号とか書いてあったりしないだろうか。そうやって探してみるも見つからなかった。

 まあ、いい。とりあえず今日の晩ご飯の材料を買わないと。大根が一本で買えば安い。ああ、でもキャベツ一玉でこの値段はお得。んー、どうしようかしら。大根なら家にある豚バラで豚バラ大根。キャベツなら回鍋肉なんかがいいかも。

 とりあえずキャベツにしよう。なんとなく中華の気分だ。よし。キャベツをかごに入れようとしてカゴに入ったままの手帳が目に入った。邪魔だから一旦バッグにでも入れてあとでサービスカウンターの人に―—。そう思って手に取ると中身がちらりと見えた。


『西崎裕子』


 え?なんで私の名前が印刷してあるの?周りの客に不審がられないようにしつつも中身を見る。


『西崎裕子の模範解答 46歳~』


 こんな見出しがある。よく分からないけどめくっていくと昨日の日付が書いてあるページまで来た。


 唯の保護者会に参加すべきか。

 行かなくてよい。毎回参加するメンバーはほぼ固定で年度の終わりの今回に行ってもいまさら感があるだけ。


 将太の破れた靴下は繕って使い続けるべきか。

 繕うべき。穴が小さいうちに縫っておくほうがやりやすい。


 まだ次のページにも続くみたいだがとりあえずここで読むのをやめる。ずっと立ち止まっているのもなんだからお肉売り場まで来た。安い外国産の牛肉とちょっといい国産の牛肉を見比べながらさっきの内容について考える。たしかに昨日は小5の唯の保護者会があったが結局めんどくさくなって行かなかった。それに実際行ったという橋本さんによると話し合いの内容は前回からの続きで居心地が悪かったし何もできなかったと言っていた。いまさら感というのは合っているのかもしれない。もう一つの将太の靴下については捨てた。そして今朝将太に勝手に捨てんなクソババアと罵られた。どうやらお気に入りだったらしい。つまり、この手帳に書いてある「模範解答」通りに行わなかったからうまくいかなかったというわけか。

 じゃあ、次のページには他にも色んな「模範解答」が載っているのだろうか。そおっとめくるとページの下の方に、大根を買うべきかキャベツを買うべきかと書いてあるのが目に付いた。下にはキャベツ。唯の給食がおでんで大根が入っているから。と理由まで書いてある。ああ、たしかにそうだった。唯がおでんうれしいって騒いでいた気がする。よかったよかった。この「模範解答」とやらは信じてみてもいいかもしれない。次のページにはなんて書いてあるかしら。


 この模範解答冊子を読み進めるべきか。

 読み進めるべきではない。この冊子には死ぬまでのことが全て書いてあり、人生がつまらなくなる。

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