桜の樹の下を掘り返そう

 桜の樹の下には死体が埋まっているなんて昔の人が言うものだから掘ってみることにした。花の咲かない時期に桜を見つけるのは難しくて、花の咲いていない桜というものにいかに自分が注意を払っていないかがよく分かった。春の景色を思い浮かべれば、ぼんやりとどこに桜が植わっていたかというのは思い出せたけれど、それでも花の咲いている時期を手掛かりにしているわけで何だか桜に申し訳ない気持ちになった。だって花が咲いていない時期の方が圧倒的に長いのに。結果が出たら手のひらを返してすり寄ってくる上司みたいに自分がなっていることに嫌悪感を抱く。桜はそれでもそんな自分に誇りを持っているかもしれない。一年に一度短い間だけ満開の花を咲かせるために他の時間を過ごす生き方。そういえば、幹を通っている樹液で染物を作ると綺麗なピンク色になると聞いたことがある。ここで桃色と言わなかったのはせめてもの桜への配慮だ。


 まあ、こんな風に思いを馳せてみても今日の目的は桜の根本を掘り返して、そこに埋まっているものを確認すること。悪いな。ちょっと根の周りを掘らせてもらうよ。大きなシャベルで周りの土を取り除いていく。ん? この道具はスコップって言うんだっけ。どっちでもいっか。無心で掘っていくとある程度の大きさのくぼみができた。あとはもうちょっと掘り進めて、と。さあ、何か埋まっているかな。そこに死体があるなんて話が荒唐無稽なのは自分でも分かっているけれど、ロマンがあるじゃないか。ロマンがそこには。死体にロマンを感じるのは少しマッドサイエンティストみたいであまり大声で、いや、大きな声で言えるものじゃないが。


 太陽も十分に上がって冬だけど少し汗をかいた。その太陽光が土の中で反射した。何か硬いものでもあったのだろうか。手で丁寧に土を取り除くとそこにはナイフのようなものが突き刺さっていた。どちらかといえば果物ナイフだろうか。細い刀身がこちらに向かっている。死体ではないものの少し不気味で物騒だ。でもここで引き返すことはできない。なんでこんなものが埋まっているかは分からないけど他にも何か埋まっている可能性がある。もうちょっと穴を広げてみよう。そのために周りからどんどん穴を大きくしていく。


 よし。これで一回り大きくなった。地面にしゃがみ込みながらナイフの付近を手でかきわけていく。ナイフの取っ手の部分が見えてきた。存外きれいで木製だというのに腐食もしていない。右手で掴んで土から引き抜こうとするとふらっとした。立ち眩みか。それとも熱中症か。いや、さすがにそれは無いだろう。背中に何か感触があった。自分が後ろから押されていたことに気づいた。もう遅いけど。

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