ホームと電車と老婆と物産展

 冷たい風が通り抜ける駅のホーム。白地に青ラインのスニーカーや7cmほどのピンヒール。前に磨かれてから何度も風雨に曝されたであろう革靴。そんなものたちに今日も踏みつけられている地面のコンクリートはだいぶ古い。進めを意味する点字ブロックも所々割れたりしている。線路は比較的きれいな銅色で反対に枕木はしなびて見える。礫は無造作に散らされているだけに見える。そんなことはないのだろうけど。

 ツバメの巣の残骸が未だに残っている黒い電子看板には赤や橙、青色の文字がたたずんている。独特のドットで書かれた文字。その隣では駅名が横向きにせわしく流れていっている。いつの間にか英語表記に切り替わりローマ字の駅名が羅列されていた。そこに書かれた時刻の数分前になったので放送が流れる。もっとも奥のホームに流れる放送と被ってしまっているが。

 録音された音声を途中で切って放送が入る。生身の人間の声。好奇心旺盛な子どもたちに注意を促している。そして電車もホームに入ってきた。いくつか傷の目立つアルミ色の車体。降りる人よりも乗る人の方が多かった。つり革を使う手が混雑しており、ドア横の角までしっかり人が詰まっている。そんな感じで冬だけれどあたたかそう。何とか波に呑まれず降りれた老婆は杖をつきながら改札口へ向かう。

 反対側のホームにはそろそろ来る予定の特急を待つ人が列を成していて老婆は通りづらそう。無線イヤホンをつけていたコートにカラージーンズの大学生がその存在に気づき一歩うしろに下がってあげている。つられてもこもこの上着に身を包んだ若い女性もうしろに下がる。会釈をしてその小さな体は奥に消えた。小さなキャリーケースを鳴らしながら。

 キャリーケースは落ち着いた薄茶色に花の模様があしらってある。持ち運びやすいようにと軽く設計されたモデル。それでいて壊れにくいとだけあってお値段は少し高め。上品な見た目相応と言えるであろう。水色の切符は改札に吸い込まれ回収された。ガヤガヤとにぎわっているのはそこで物産展が開かれているから。冬の味覚を謳う店々が並んでいる。

 ひときわ魚卵の瓶詰を安く売っている店の前には人だかり。百貨店から出てきた人たちもこちらに流れてきているようだ。羽振りがよさそうなことが格好からもうかがえるほどの人たちが帰り際に寄っているのだ。先の老婆も一人で干物などを見ている。たしかに大きなアジの開きも売っている。

 その姿を見つけた老爺が近づく。どうやら車両の中ではぐれてしまっていたらしい。二人でああだこうだ言いながら品を見定めている。はちまきを巻いた店主は威勢のいい声で通行人に話しかける。

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