花火と私

 去年の花火は綺麗だった。それは彼と見たからかもしれない。この一年私はふとしたときによくこう思った。商店街と地元企業がお金を出し合って打ち上げる年末の花火が彼と見た最後の花火だった。

 始めは典型的な赤色の花火。そのあとに星形や笑った絵文字みたいな変わり種。小さいのが何発も続いた後にしだれ柳が上がり、最後に大きなのがまとめて打ち上げられ終了。空を見上げていた人たちは一斉に河原から離れ駅の方へと向かう。またねと言って別れた逆のホームに向かったあの一瞬まで含めて私はよく思い出していた。結局あのあと別れようと告げられてもう二度と会うことはなかった。だから今年はすこし暗い気分で迎えた。幸いにも年末年始は繁忙期なのでうじうじと引きずる余裕はなかったけれど。

 それでも五月病になりかけたときとか、梅雨どきに職場に向かう車内とかでセンチメンタルになると綺麗な花火が思い出された。こんな毎日でいいのだろうか。そんな思いが花火を呼び起こした。夏の終わりには子どものときから欠かさず行っていた夏祭りがあった。毎年だれかと予定を合わせたりした。もちろん去年は彼と。だけど今年は仕事終わりにふらっと一人で寄った。そのときに見た花火は年末のものよりも盛大なのだけど、ちっとも面白くなかったし感動もしなかった。私はそれを仕事で疲れていたせいにした。疲れていたのは事実だった。秋は意外にも速く過ぎる。残暑なんて言っていたら秋服の出番もなく冬が始まる。まあ見せる相手もいないし、とよく分からない負け惜しみを心の中で言ったり。そのまま暦通り十二月まではあっという間。落ち着く暇もなく、いつもと変わらない年末年始の繫忙期がやってきた。休みが取れたのは大晦日だけだけだから今日も夜遅く車通りの少ない道路を走る。クリスマスソングを聴くのをぱたりとやめてしまうのも気が引けたので私はまだクリスマス気分。店で流しているのは第九のアレンジだけど。

 車内から年末を告げる花火を見たついでにこんな風に振り返ってしまえば、残業づくめで終わりが見えなかった日々も一瞬のように思える。去年は事あるごとに彼に話していた。今年はそんな相手もいなかった。自分に自信はないけれど目の前のことを淡々とこなしてきた。誰かに頼りたくなるときもあったけれど、思い出に縋ってやり過ごして来た。その行為も次第に効き目がなくなってきていた。そんなことを薄々と感じてはいたけれど、こうして年末の花火を見ていると何かが上書きされた気がした。去年の花火は綺麗だったけれど、今年の花火も綺麗。エアコンが切れて寒い中ひとりで頷いた。今年ももう終わり。迷子ではいられない。

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