またこの街に帰ってきました

 あなたに会うために今年の年末もこの街に帰ってきました。都会とはお世辞にも言えないこの街に。ごみごみしたこの街に。色で表すなら灰色がぴったりなこの街に。別にこの街のことが嫌いだとか、この街から早く出たくて遠くの大学に進んだというわけでも、そのまま就職を決めたというわけでもないけれど、この街はいつの間にか私にとって帰る場所になっていました。

 なんだか毎年同じ時期にあなたに会いに来るというと、もうあなたはこの世界にはいなくて私はいつも花束を供えに来るみたいに聞こえますがそんなことはありませんね。もしかしたら本当にこの世界にあなたはいないのかもしれませんが。分かりません。私にあなたの行方は。実はこの街にはとっくにいなくてあなたに会いにここに来るという発想自体が笑ってしまうほどお門違いなものなのかもしれません。でも、この街に来ればあなたに会える可能性が少しでも高まる気がして、私は毎年毎年愚かにこの地に帰ってくるのです。まあ、毎年凝りもせず帰ってくるということは毎年会えていないということを示しているのですが。

 何も考えずひたすらにあなたに会えるかもという一心で、家を出て鍵をしめ最寄り駅から鈍行に乗って新幹線の通る駅まで出て、そこから数時間リクライニングつきの椅子に身を任せます。そこからさらに普通列車に、運がよければ快速なんかに乗ったりして駅までたどり着きます。そこから徒歩10分くらいのところに私の実家はあり、私は荷物を置くと両親との会話もそこそこに散歩に出かけます。両親には街をなつかしみになんて適当なことを言ってあなたの幻影を探すのです。あなたに会えるかもという可能性を味わいに行くのです。

 本当にこうやって文字に起こしてみると愚かなものです。そう、私は愚かな者です。でもこうやって今の気持ちを書き留めておかなくてはいつか、この気持ちを忘れてしまいそうで怖いのです。月日というのは冷酷なもので容赦なく記憶を塗り重ねていきます。現に私は当時のことなど鮮明には思い出せません。どんどんと記憶が粗くなっていきます。その代わりその粗くなった部分を思い出で補うことで、どんどんと過去は美しいものに変貌するのですが。これが昔はよかったのメカニズムでしょう。

 どうですか。あなたは昔を思い出したりしますか。よいものだったなんて振り返ることはありますか。もしかしたらその思い出の1ぺージに私が映っていたりしますか。見切れていたとしても私があなたの記憶の中にいるのなら私はうれしいです。あいにく私の思い出はあなたでいっぱいなのですが。

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