ボザイド(スロッタイ種)のジュース

 大学生になって時間ができて趣味の散歩がどんどん本格的になってきた気がする。今日なんて家から6キロの大きな商店街まで来てしまった。いくら日曜といえど贅沢な時間の使い方だと思う。それでいつもだったら本当に散歩だけで何もせずに家に戻るのだけれど、今日は1時間以上かけてこんなところまでせっかく来たのだから何かしたい。

 と言っても何をしようか。本屋には一昨日寄ったばかりだしカラオケという気分でもない。そう思いながらぶらついていると奇抜な色の看板が見えた。どうやらこの雑居ビルの2階にお店があるらしい。アジアンショップとだけ書いてある。よく分からないけど何となく行くべきだと感じたので吸い込まれるようにして階段を上がる。太った人だったら体を横にしないと通れないくらいの階段。

 安っぽい蛍光灯に照らされた店内にはゆっくりしているのかテンポが速いのかよく分からない民族音楽みたいなのがかかっている。狭いながらにもまるで書店か図書館のように棚がいくつも並べてあって、それぞれに国名や地域名が振られている。中国、韓国、モンゴル、インド、東南アジア、中東といった感じだ。具体的に商品を見ていくと、何かの穀物でできた乾麺や皮などがある。そして大量の調味料。その大半が瓶詰だ。色は茶色かったり緑だったり赤だったり。地域ごとに棚が分かれていなければ、日本語のラベルが上から貼りなおされていなければ、何なのか全く見当もつかなかっただろう代物ばかりだ。

 遠くまで来て、しかもこんな入りにくい個人経営の専門店に入ったのに何も買わないというのはもったいなく感じられたし、なんせ何も買わずに出るというのはきまりが悪い。でも、そういっても果たして何を買おうか。いくら簡単と銘打ってあるキットを使っても、その国の家庭料理をつくるのは難しいだろうし、調理器具も揃ってなければ、一人暮らしで4人前など作ってどうするといった感じである。

 そんなことをぶつぶつと心の中で呟いていると、ついにお店を一周してしまった。はて、どうしようか。ぼおっと店内を見回すとレジと出口の間に小さな冷蔵のボックスがあることに気づいた。さっそく駆け寄って中を覗いてみる。そこには見慣れた大手メーカーのバニラアイスと炭酸飲料以外に二種類のビンが入っていた。


 ココナッツミルク

 ボザイドジュース


 んーと、ココナッツミルクの方は鮮明に思い浮かばないにしても、なんとなく分かる。単体で飲んだことはなくてもそれが入った料理やお菓子なら口にしたことがあったはず。対してボザイドとやらは知らない。何か情報を得ようとビンに貼ってあるラベルを見ても原材料の欄にボザイド(スロッタイ種)とあるだけだ。しかし、直感はこれを買えと言っていたし、この場でスマホで検索してボザイドとやらが何かを明らかにするのはあまりにナンセンスに思えた。

 だから冷えたビンをレジに一直線に持っていきバーコードを読み取ってもらった。お金を払い店の外に出て人通りのまばらな商店街の中でそれを飲んだ。心が晴れる味だった。

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