死刑のための新制度

 今年度から画期的なシステムというか制度が導入されるとは聞いていたが、たしかに斬新な制度だと思う。その目的は刑務官の精神的な負担軽減。たしかにその通りだろう。刑務官にとって死刑執行は非常に精神的ダメージを負うものだ。そのために色々な工夫があるし、実際に死刑の執行に関わるのは選ばれたほんの一部の刑務官だけだ。

 刑務官には普通の企業と同じように序列がある。簡単に言えば平社員みたいな人にはそもそも執行の仕事が回ってこない。第一、年間に執行される死刑の数自体が多くないけど。それに条件は役職の階級だけではない。その中でも死刑執行に向いている人が選ばれるのだ。それは別に人を殺しても何とも思わないサイコパスが適任だとか言っているわけじゃない。毎日の勤務態度が良く、宗教に傾倒しておらず特別な思想を持っていない人。そして何より精神的に安定している人。それに女性の刑務官の場合、妊娠している人は担当の候補には入らない。精神的に異常を来してしまった場合にお腹の中の子どもに悪影響が出てはいけないから。

 と、まあこんな具合に死刑を執行するのは一定の条件をクリアした刑務官だけだ。ちなみに当日の朝、今日の死刑を担当するようにと指示された場合、原則断ることはできないらしい。こうやって選び抜かれた刑務官たちだけれど、自分の手で人ひとりを殺めるというのは尋常でない精神的負担をもたらす。だから、これは有名な話かもしれないが、床を抜くボタンは一つではない。たいてい3つか5つあって、これを刑務官が一人ひとつずつ押す。そのうちどれかが実際に効力のあるボタンなわけだ。つまり、自分がボタンを押したから床が抜けてこの死刑囚は死んだんだ、という意識を薄れさせる役目があるのだ。これは中々有効な工夫に思われる。

 とは言っても死刑執行が大変な業務であることに変わりはない。そこで冒頭で述べたように新たな制度・システムが導入されたのだ。それは本当に画期的なものである。死刑囚が先の死刑執行のボタンを押すのである。つまり、さっき説明した動作を別の死刑囚が担当するのだ。この話はあまり公になってはいないが、今年度から実行に移される。今日はその記念すべき――というと不謹慎だが――の初日なのである。

 今までは刑務官に掛けられていた言葉が何人かの死刑囚に告げられる。そして今まで通り、向こう側の部屋に一人の死刑囚が入れられた。見慣れない光景だが、こちら側ではボタンの前に死刑囚が並んでいる。ボタンのある部屋の壁の上側にあるスピーカーから合図のブザー音が流れる。死刑囚たちは事前に言われていたようにボタンをその音に合わせて押す。


 あちら側の床が抜けた。


 同時にこちら側の床も抜けた。

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