夜空の奥に

 いつの日かこっちを振り向いた君が言った「またね」どうしてあのときバイバイとかさよならじゃなくて、またねって言ったの。またねだったらまた会えるってことになるのに。それとも本当にそういう意味だったのかな。今となってはわからない。もちろん当時もわからなかったんだけど。あのときに戻れたらとは思わない。だって戻れても同じことを繰り返すだけだから。

 だから私は変わろうとした。成長しようとした。それで実際成長できたはず。周りからも明るくなったねとか変わったねとか最近よく言われる。たしかに自分でも変われた気がする。何もかも変わったんじゃなくて自分の嫌なところの角が取れたというか。少なからず一年前よりは自分のことが好きになれた。そんな風に思うことができる。ちょっとだけだけど。

 でもそんなことに意味はない。私が頭に思い浮かべてるのはいつも君のこと。君の横にいる自分。君と向かい合って話してる自分。おそらくもう来ることはないと頭ではわかっている光景を瞼の裏に思い浮かべる。いつもこうやって踏ん張っている。あり得たかもしれない未来に思いを馳せて目の前の毎日を過ごす。そうやって生きている。


 ◆◆◆


 なんであのときあんなことを言ったんだろう。そうやって後悔すること。幾度となくあるだろう?というかそんなことの集まりが人生っていうものだと思う。人生について講釈を垂れる資格があるほど生きてはないけれど。あのとき。あのときなんて曖昧な言葉で誤魔化してしまうのは当時を鮮明に思い出したくないと無意識のうちに思っているからだろうか。それとも細かな部分が思い出せないだけなのだろうか。わからない。たくさんのわからないが考えれば考えるほど浮かび上がってくる。

 あのときの自分は何を思っていたんだろうか。何遍考えてもわからないけど、あのときの自分はこんなに迷ってなかったということだけはわかる。何が変わってしまったんだろうか。あのときと何が違うんだろう。過去の上にミルフィーユみたいに時間が積み重なって、気づいたときには見えなくなっていたという顚末だろうか。多分そうなのだろう。一枚いちまいは薄くても重なってしまえば全く透けてこない。それにめくってもめくってもたどり着かない。こんな喩えで許してくれないだろうか。私にも確信めいたことは何もわからないんだ。



 二人は月すらも隠れた夜空を見上げる。その瞳には何も映っていない。ただ現実いまから目を背けているだけ。

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