眠れないときは羊を数えて

 ふぅ。楽じゃないよ、この仕事も。まあ楽な仕事なんてこの世に無いのかもしれないけどさ。

 ほら、お前ら早くあっちの柵を越えな。ほら、お前もお前も、どんどん続くんだよ。違うって、お前はこっちの柵だって。もうカウント再開されたんだから。ほら、多分そろそろ終わるからさ、最後だと思って。いいな、飛び越えたらまたこっちに戻って来いよ。おい、そこ。のんびり草なんて喰ってるひまないだろ。まだ、数えられてるんだから。一匹怠けると他が大変なんだから。ここが踏ん張り時だぞ。


 うん。段々落ち着いてきた。さすがに日付変わったしな。よかったよかった。これでこいつらも一休みできるし、俺も落ち着いて寝れるってもんよ。ほら、お前らも交代で休み取りな。とりあえず、今は俺とこの5匹がスタンバイしとくから。な、いいよな。お前らはあと1時間待機な。そしたら寝ていいから。

 少年は牧草の上で寝転がりながら羊たちのふわふわの毛を撫でている。撫でられている方も気持ちよさそうだが、なんとか寝ないように耐えているといった感じだ。屋根がある小屋の方では残りの羊たちがおだやかに眠っている。

 この世界には夜も昼もない。強いて言えばイメージに合わせているというところだろうか。だからこの牧場の東側はいつも昼っぽくなっていて西側に近づけば次第に日が沈んだような様子になっている。そして東西両方にいかにもといった感じの茶色い木でできた長い柵が拵えてある。これは別に羊が逃げないようにするとかいった類のものではない。ただ羊が駆け寄ってきて飛び越えるためだけのもの。羊たちは別に飛び越えたくないし、この羊飼いの少年も飛んでほしいわけでもない。ただ、飛んだときに一匹、二匹って数えるのが定番だから数えやすいように飛んであげてるってわけ。何だかそう考えると空しいような寂しいような。

 撫でられていた羊が心地よさそうに目を閉じかけたがそれを少年が制止した。ほら、そろそろ夜更かしのあの人がベッドに入る時間だから。な、あの人が眠りについたら今日のところは終わりでいいから。お前らもな。ラスト5匹で頑張るぞ。俺も頑張るから。


 羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、——。


 四匹目の少し太った羊が柵ギリギリでスピードを緩め、結局柵の手前で止まっている。お、もう終わりか。今日はよっぽど疲れていたと見える。そう気を抜いて足元の草を食もうとしたとき


 羊が四匹。


 おっと危ない。ここでへましちゃ怒られるぜ。


 羊が五匹、羊が六匹、羊が七匹、——。


 まだまだ羊を数える声が心の中で唱えられていく。羊飼いと羊たちはまだ眠りにつけない。

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