部屋からほぼ出ない仕事

 今日も一歩も外に出ていない。実家に居たときもそんな日はザラにあったけどどうにも性質が違う。朝起きてから夜中にベッドに入るまで家でずっと一人。誰かと会うわけでも誰かと話すわけでもない。別に電話も掛かってこないし、こちらから掛ける用事もない。SNSもやっていない。



 五年ほど前まで数年間、僕はただの引きこもりだった。大学を出たはいいものの就職した先がブラックですぐに辞めた。そこまでは別によかったのだけれど、そのあと何を始める気も起きずダラダラと実家で親のすねをかじっていた。新しい仕事を見つけないと、そう思っているうちに新卒が出てきて自分の市場価値はどんどん下がっていった。段々とやる気もなくなり親もあきらめていた。幸い経済的には余裕もあったし、家事などを手伝っていたから多めに見てもらえた。

 そんなある日、郵便が届いた。自分の名前が印刷されているのを見るなんて何年ぶりだろうと思いつつ僕は封を開けた。そこには所定のマンションの一室で寝泊りするだけで時給が発生するというバイトの紹介だった。怪しくてたまらなかったが、場所もほど近かったし家賃は実質タダ。朝晩はご飯がついてそれに時給が出るというのだから極楽だ。実家暮らしも悪くないけど数年もすねをかじり続けてきて申し訳なくなってきたのも事実。そうと決めた僕は親に知人を介していい仕事が見つかったからそこの寮に入って働くと言って家を出た。これが五年間の始まり。

 指定された住所に行くとそこは何の変哲もないとわざわざ言うのも無駄なくらい何の特徴もないマンションだった。景気のいい時代に建てられたのだと予想がつく通り一遍の団地の一棟だ。錆が目立ち始めた金属の階段の手すりやガスのメーターを隠す歪んだ金属の板。付けっぱなしの表札。そこの六階の一室が僕の新居兼職場。封筒に入ってた返信用の葉書の【勤務する】に丸印をつけるとまた封筒が送られてきて、その中に同封されていた鍵で部屋に入った。そこには最低限度の家具も揃っていて買い足したければ自費でどうぞみたいなメモが置いてあった。でも、部屋から出るのは毎月31日だけにしてくださいと注意書きがあった。毎月31日が訪れると信じているその文章はどこか可笑しかった。


 あの仕事が結局何だったかは分からない。ただ僕は言われたとおりに31日に外に出て昼に食べるレトルト食品を買いに行ったり、本屋に行ったり、給料を卸しに行ったりした。当時の暮らしで不審だったのは外部への連絡が基本的に許されなかったことだろうか。毎日ご飯を届けてくれる人に頼めば本部に連絡の許可を取ってくれるというシステムになっていた。そういえば僕が勤務終了であの部屋から引っ越したとき、本部の人が表札を替えに来ていた。何をいまさらとあのときの僕は不思議に思っていた。

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