プラットホームにふらっとゴール

 ぼんやりと不動産と英会話教室の看板が左手に見えてきた。あの交差点を左に曲がると次は駅が現れる。最近新しくなった駅舎は古びた街路樹とミスマッチ。横に5つ並んだ改札のうち僕は一番右のIC専用を彼女は真ん中の普通の改札を通る。二人ともICカードだけど。僕は上京してからこれを作ったから関東版のもの。対して彼女は高校のときも電車をよく利用していたから地元のもの。たしか方言が名前のモチーフだと話していたっけ。まあ、こんなキツい方言使ったことないとも言っていたけれど。

 いつも通り改札を通ったあと、僕は急に落ち着かなくなってトイレに行ってくると断った。じゃあ私もと彼女は赤い表示の方に消えた。ちなみに駅舎が新しくなったのは概観だけで、中は全く変わっていない。だからトイレも黄ばみが目立つ。ブオーンと強い風で手を乾かすこれはあまり好きじゃないので常にハンカチを持ち歩いている。僕としては当たり前だったけど、彼女はそんなところも褒めてくれた。私も持ってないしすごい、と言ってしまう素直さに惹かれた。

 こうやって数か月前のことを思い出していると、いま何分?と戻って来た彼女が聞いた。42分だからあと4分で来るよ。じゃあホーム上がろっか。そう言われると何だか反発したくなって寒いからあとちょっとは下に居ようと言った。結局二人でギリギリまで待つことにした。まあ僕が乗る方面の電車が来るのは9分後。僕としてはまだゆっくりできる。そうはいっても焦る横顔を見ていると、無駄に引き留めるのも申し訳なくなって上に上がることにした。

 夏にはひんやりと心地いい金属製の手すりも冬場には不人気。だって冷たい。そう言えば子どものときは手すりに傘を掛けて滑らして遊んだなあ。大学生になった今となっては流石にやりづらいし、今日は何を祝っているのか一日中晴れだ。彼女の方が歩くのが速いから僕は大抵置いていかれる。だからインコースを占拠するのが常なのだが、今日は人がいてできなかった。そんな日に限ってめずらしく彼女は後ろを見渡し僕の姿を探している。それに気づいた僕が小走りで上がると、気づかれたことに気づいた彼女は少し決まり悪そうにしている。やっぱりポーカーフェイスは苦手分野みたいだ。

 まもなく2番ホームに電車が参ります。黄色い線の内側まで下がってお待ちください。

 お決まりのアナウンスが彼女のかぼそい声を掻き消す。あいにくこの電車は停車時間が短いのでおしゃべりをしている暇はない。遠ざかる電車の中からこっちを見て小さく手を振るその姿を横目に僕は反対側のホームの列に並んだ。

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