不可能カフェ

 流行とは概して巡り巡るものだ。だから手ごろな価格なものが流行った後は高級志向のものが好まれるし、多機能なものが出尽くすとシンプルで何かに特化したものが注目を浴びる。最近は、どちらかと言えば多機能なものが増えた印象だ。「これ一つで」そんな謳い文句を至るところで見かけるようになった。

 その何でもできる、という流れからか、どこでもできるという発想も生まれてきたように思える。持ち運びが簡単なパソコンなんてのはその典型で色んな場所で作業をするためのものだ。だからそういった場所も身の回りにもたくさんある。Wi-Fiが飛んでいる場所というのもここ数年で本当に増えた。大学はもちろんハンバーガーショップやカフェ、図書館などでも整備されている。

 その一方、仕事から逃れられないというのもある。どこにいてもネット空間とつながっているというのはそういうことなのだ。だから何もしない時間、いや何もできない時間というのが現代人には足りていない。強いて言うなら髪を切ってもらっているときくらいだろうか。でもそのときも人々の視線は液晶画面に注がれている。

 ということで私が提案したいのが「不可能カフェ」だ。あらゆることが不可能なのだ。できることといえば、いくつかのドリンクの中から注文を選ぶこととそれを飲むこと。ただそれだけ。現代人お得意のネットは妨害電波が飛ばしてあるため使えない。スマホが回収されるわけではないから、ネットを使わずにできる作業ならできる。だけど他の席でそんなことをしている人はいないから、やっぱり、する気にはなれない。

 想像してみてほしい。音楽のかかった店内。目の前にあるのはコーヒーだけ。それを飲むか飲まないかだけ。あとは頭の中で何かを考えるくらい。ぼおっと今日の晩ご飯を考えたり、自分の将来を思い描いたり、遠くの人に思いを馳せたりする。目を閉じるのもいいかもしれない。うっかり寝てしまったってかまわない。そうやって寝ることを妨げる人は誰一人としていない。寝たことを咎める人がいるとすれば、それは目覚めた後の自分自身だろう。まあ、そんなのも一興。だって不可能カフェでは不可能なことばかり。そんな中で許されている数少ないことなのだから。

 もちろん複数人での来店もオーケー。気心の知れた仲間と他のお客様の邪魔にならない範囲でおしゃべりに興じればいい。めいめいが好きな飲み物を飲みながら相手の顔を見て話す。そんな単純な光景が妙に斬新に見えはしないだろうか。

 こんな付加価値の押し付けみたいなことを言わなくても、気に入った人はもう一回来店してくれる。私はこんなカフェが実現すればいいのにな、と静かなカフェで空想する。

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