深夜の工場 少年と老爺

 今日も、というか今日から明日にかけても僕は工場行きのバスに乗る。これに乗って工場まで行きネット通販の荷物の宛名シールを貼る。夜の9時から翌朝の6時まで。実働8時間で時給は大体1100円くらいだ。高校にも行かずこんな生活を送っているのは、もちろん好きこのんでのことじゃない。こうしなきゃならなかったのだ。

 僕にはお父さんしかいなかった。というか母親は夫と夫の血が入った子どもを捨てた。僕は覚えていないけれど、どうやらそういうことらしい。なんで捨てられたのかってのは流石に中学の友達も誰も教えてくれなかったけど、もっぱら酒、ギャンブル、暴力がらみのことだろうと検討はついていた。だってそれは母がいなくなっても変わらなかったから。

 そして父も僕を捨てた。少ないお金しかないのだから足手まといを捨てるというのは賢明な判断だと思う。でもこれが僕にとって大きな転換点だった。父が莫大な金を借りていた消費者金融の標的が僕に移ったのだ。さすがに今は毎日押しかけて家のドアを叩くみたいなことはなくなったけど、毎月同じ男の人が家にやってくる。ちなみにアパートは大家さんの厚意で格安で契約を更新させてもらっている。だから工場で夜勤があるときは毎日行っている。本当なら日勤にも出たいくらいだけど、法律かなんかでそれはできないらしい。

 そんなただお金を稼ぐためだけの、父親の借金を返すためだけのバイトにも最近小さな楽しみができた。名前も分からないおじいちゃんと話すようになったのだ。いつも僕と作業場所が近くて目が合ったのがきっかけだった。おじいちゃんは自分の息子に子どもがいれば、ちょうどきみくらいだろうと言って可愛がってくれた。おじいちゃんはだいぶ高齢のようで、しゃべり方もよぼよぼだったし、足腰も弱いらしくあまり力が要らず、座りながらでもできる作業の担当になることが多かった。

 おじいちゃんとまとまった話をする暇なんてほとんどない。でも、深夜2時にお昼休憩があるからそのときには横の席に座って、おじいちゃんの話を聞くことが日課になっていた。いつの間にかおじいちゃんが聞き手に回っちゃってることが多いけど、それを指摘すると、たいてい家族の話をしてくれる。

 自分は年金をもらっているけど、それだけではおばあちゃんとの二人暮らしには足りず、自分がこの工場で何とか雇ってもらっていること。最近は息子も仕事を頑張っていて、月に何万か入れれるようになったから親父はもう工場を辞めたらいいと言われていること。

 それを聞いて僕は迷わず辞めたらいいと言った。いつもおじいちゃんは辛そうだし、何より働く理由がもうない。そう言ったらきみと話すのが楽しいんだよと言われてしまった。

 こんな感じで話しているとあっという間に休憩時間は終わり、そのあとはいつも通り終業まで働いた。

 と思って帰り支度をしていると工場長が怒鳴っている声が聞こえた。本人の意思でしか辞められないとか何とか言っているみたいだ。それにさらに大きな声で、いいだろ親父はもう十分働いた、もう今日で辞めさせると男が応えている。そのどすの利いた声はいやに耳馴染みがあった。

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