薬指の第一関節から上

 惨い。とか。怖い。とか。この人たちは思わないのだろうか。少なくとも私は思うし、世の中の大部分の人はそう思うんじゃないかと思う。でもそう言い切ってしまうと、私の母と姉がかなりの少数派だと認めてしまうことになるから。ちなみに父は消えた。そのことも今から話すことに理由わけがある。


 二人は別にマゾではない。でも自分から好んで嫌々やってるというわけでもない。そのようにすることになっているからそうしているのだ。どこにそんな決まりがあるのかって?御眼会みめかいにあるのだ。ウチでは単純に「会」と呼ぶほどに浸透していて、簡単に言えば、というか宗教団体そのものだ。まあ、この会に傾倒しすぎたというのが父が蒸発した所以だ。

 二人が結婚して数年、父が単身赴任で半年に一度くらいしか家に帰って来れなくなった。そのときに地域の人に誘われたヨガ教室で母は会の役員と初めて会った。もちろん初めから「○○という存在はこの上なく尊いのです」なんてことを触れて回っていたら母も警戒したに違いない。ただ、その頃はまだ私は生まれていなくて、姉が一番手のかかる時期だったらしい。だから、愚痴を聞いてもらったりできるママ友のような人と定期的に会える場所はありがたかったに違いない。しだいに役員たちは家に上がりこんで姉の世話を見たりもするようになった。その分、姉は会の人たちにも懐いていった。

 私が物心ついた時期には母と姉は完全な信者となっていて、父はそれを黙認していたようだった。ただ、その頃には異動して家からの通勤に変わっていたから、私に絶対に会とは関わらないようにと常日頃から言っていたし、父自身も一切かかわりを持とうとしなかった。そのおかげで現在私は会から距離を置くことができているし、二人から誘われることもさすがになくなった。母と姉、と父と私の間には明らかに大きな溝があった。

 しかし父は私が全寮制の高校に進学したのを機に蒸発した。それはずっと父が考えていたことらしく、私の学費や母と姉の生活費の振込は行ってくれたため、それ以上は何も起きなかった。私は会から距離を置いて他の人たちと同じような高校生活を送ったし、母と姉も会に入っていること以外はごく普通の生活を送っていた。父がどこにいるかは分からなかったが毎月一日に通帳に振り込まれる満額のお金で生存確認ができた。

 そして私は高校卒業後、大学進学のために下宿先に引っ越すまでの間、一時的に自宅に戻った。そのとき丁度、薬指の切断を終えた母と姉を目にしたのだ。その事実がとてつもなく気持ち悪かったが、下手に話題にするとよくないと思った私は一切何も見なかったことにして、普通に二人の生活に溶け込み始めた。

 そうこうしているうちに、あんたが帰ってくるのに合わせてお父さんも帰ってくるらしいというような話を姉から聞かされた。どうやら今までは勤務場所の近くにアパートを借りていたということらしかった。私が寮で過ごした3年間、父は大学時代のように一人暮らしをしていたわけだ。ね、新しい女の人でも見つけて同棲でもしてるのかと思ってた、と姉も意外そうに言った。


 その日の晩帰ってきた父は開口一番言った。


「いやあ、久しぶりに自炊を再開したときになあ、料理の勘が戻らなくてさ、ほらここ切っちゃったんだよね。お医者さんでもくっつかないって言われちゃって」

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