アジフライを持って歩く

 狭い厨房に漏れ聞こえてくる電話。


 はい、もしもし玉井屋です。

 ああ、サンちゃんええ、魚。今朝はねぇ、イカが入ったよ、うん。

 他かい。あとねぇアジが珍しく入ったよこの季節に。

 いやぁでもおいしそうだよ。

 分かったじゃあ、それ作っとくよ。他も適当にね、はいはい。何時?

 ああ6時に食べれるようにね。分かったじゃあ6時にそっちに持ってくよ。毎度ありぃ。


 アジフライが5人前。あとは適当に刺身やら煮付けやらよろしくって。二丁目の岸辺さんのとこね。夕方6時だからそれに合わせて作るよ。まあその分の魚は残しとくように。


 厨房には内容が全部聞こえてきてはいたものの、彼らは元気よく返事をした。


 僕も元気よく返事をした。まあ僕が返事したのはアジフライと6時の部分だけなのだけど。だって僕は魚が捌けない。調理ができない。じゃあ何をやってるのかって配達だ。この店はさっきみたいに時刻を指定すれば配達をタダで行っている。こんな小さな魚屋を知っているのはせいぜいバイクで配達可能な範囲だから、特に配達範囲などは決めていない。

 でも僕はバイクに乗れない。だってまだ9才。だけど無理を言っておじいちゃんとおばあちゃんのお店を手伝ってる。だから正確に言えば、さっきの返事の話も間違ってる。僕が返事をしたのは、アジフライと6時とサンちゃんつまり岸辺さんの部分だ。岸部さんちはこの店から歩いて3分のところ。だから僕が歩いて届けるのが恒例になっている。

 そんなに近いなら配達の必要はないんじゃない?と思うかもしれないけど、岸部さんはおじいちゃんとおばあちゃんの同級生で、もう80になる。だから歩くのも大変だし、免許はもうへんのーしたらしい。それとアジフライのときはサクサクが食べたいと言って必ず時刻を指定して配達を頼んでくれる。それにいっつも僕が持っていくと、しゅうちゃんに会いたかったぁって言ってくれるから僕もうれしい。


 ドキドキしながらおやつを食べた。配達の時間まではまだあるけど、僕はドキドキワクワクしてきた。いっつももドキドキするけど、今日はアジのお刺身も鯛のあらにも持っていくことになってるからもっとドキドキする。それでもいっつもよりたくさんお料理を運べるからワクワクしてる。

 それにアジフライの注文が入ったときには、おじいちゃんとおばあちゃんは僕におみやげとしてアジフライを持たせてくれる。おじいちゃんが揚げるフライはどれもサックサクで、しかもアジフライは一番おいしい。それもあって僕はワクワクしてる。


 じゃあ、しゅうちゃんよろしくね。道は分かるね。


 もう冬になって6時でも真っ暗な道を僕は歩く。いつもなら怖いけどお料理を届けるんだと思うと怖くない。それに暗くてもお皿いっぱいのアジフライは輝いてる気がする。

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