人生相談コーナーの回答者

 子どもっぽい彼はおそらく気づかなかったのだろう。その純粋さに昔の私が惹かれたのも事実なのだけれど。


 もう50代にさしかかろうとしている今、わたしはそれなりに順調な人生を歩んでいると思う。30手前で結婚し家庭を築いて、今は2人の子どもも独り立ちした。仕事は心理カウンセラーで、結婚の頃には開業の目処が立っていたから、その後も比較的柔軟に仕事と子育ての両立が可能だった。

 今はのんびりとカウンセリングに専念しているが、今年度は新しい仕事が始まった。新聞のお悩み相談コーナーの回答者の仕事。あれは何人も回答者が居て、新聞社の人がこういった悩みは○○さん、みたいな感じでお便りを振り分けてくださる。回答者の中にはベテランの方もいて、私も8か月ほどやって漸く要領が掴めてきた。

 相談ごとに確固たる模範解答というのがあるわけではないのは百も承知だけど、自分が考える指針のようなものを紙面上で提案することが求められる。カウンセリングは指図をしたりカウンセラーの意見を述べるものではないので、初めは勝手が違い戸惑った。

 それに内容も多岐にわたる。どうやら私は回答者の中では比較的若く、また法律や医療の知識は持ち合わせないため、若い世代から中年くらいの心の悩み、殊に恋愛相談わたしにはが多く回ってくる。

 それでこんな悩みがあった。ちなみに回ってきた相談全てに回答を寄せる必要はない。その辺りは回答者に任せられている。これは他の読者のためにもなりそう、と思ったものから私は回答することにしている。


【40代男性。富山県。昔付き合っていた彼女のことがどうしても忘れられなくて、先日離婚しました。仕事も手につかなくて今は休職中です。あの人は心遣いができて容姿も悪くなく、仕事もできて私の憧れでもありました。その後お付き合いすることができたのですが、私の東京本社への異動が決まったとき、地元に残りたいと言われました。遠距離でも構わないと言いましたが、説得しきれず最後は別れました。あのとき彼女に捨てられていなければと思うと、今もモヤモヤとした気持ちが消えません。】


 私は便箋の投稿者の名前と手書きの字、相談内容を見てピンと来た。私の方は苗字も変わっているから、彼が気づかなくても無理はない。普段だったら回答不要にしただろうけど、今回ばかりは私情を挟んでしまった。ただ、それでも回答内容が変わるわけではない。私は回答をこう締めくくった。


【失ったものではなく奪ったものに気づく日が、一日でも早くあなたに訪れるのを願っています】

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