深夜飯テロ注意報

 やってしまった。後悔、後悔。しかし、もうどうにもならない。深夜1時まで起きてたのがいけなかったんだ。いや、そうじゃないか。夜にブログをはしごをしたのがいけなかったのか。いや、そうじゃないか。分かっていながらも「念願の、、、豚骨!」なんて記事の見出しをクリックしたのがいけなかったのか。いや、そうじゃないか。そこで引き返せばよかったのに記事をスクロールしたのがいけなかったんだ。まあ、何はともあれ、もう戻れない。ラーメンを食べたいという欲求を奥底に眠らせていたあの頃には戻れない。


 まあ、つまり今風の言葉で平たく言えば自ら飯テロに遭いに行ってしまったわけだ。30を手前にして若さでなんとかするという感じでもなくなり、妻にも出会ったころよりも少し太った?なんて言われ摂生に努めていた。昼食も会社で食べられない昼をまたぐ営業や出張の日、以外は妻が野菜多めのお弁当をつくってくれる。しかし、背脂の浮いたラーメンの写真を見てしまった。しかも、そのお店の3号店が先月、得意先のビルの横にできたという。そして、神の導きかはたまた悪魔のいたずらか明日、というか今日はその相手先に伺ってのプレゼンが昼前まである。そのビルは会社から電車で一時間かそこらの場所だから、妻には弁当はいらないと言ってある。


 つまり、俺にはあの背脂たっぷりこってり豚骨、餃子セットを食べる格好の条件がそろってるってわけだ。ああ、こんなことを考えてたらプレゼンが控えてるってのに、目が冴えてきた。しかし、それはよくない。任務を完璧にこなしてこその営業だ。達成感に包まれながら食べる昼ご飯ほどおいしいものはない。瞼を閉じてもあのイ赤い雷紋の入ったどんぶりばちが思い浮かぶが、眠るとしよう。




 よし、プレゼンに備えいつもより早めに出社。そのために早起きもできた。妻と朝ご飯を食べ家を出た。会社の面々にも課長、気合入ってますねと言われ、ああ大仕事だからな、なんて意気込みばっちりで応える。半分は豚骨ラーメンへの意気込みだが。電車でビルへ向かいながら、一応営業時間を確認。あいにくプレゼン終わりだとお昼のピークにジャストミートだが、まあ仕方ない。ラーメンは回転率も高いから何とかなる。どうせ周りもサラリーマンばかりだ。




混み合った店内に威勢のいい声が飛ぶ。


「ご注文は」

「ラーメン、餃子セットで」

「固さはどうしましょう」

「固めで」


 そうだそうだ。固さを訊かれるんだった。今日のプレゼンはそんなに緊張で固くならなかったつもりでいたが、いざこうやってカウンターに座って湯切りを見ていると緊張がほぐれているのが分かる。


「はい、お待ち」


 目の前に勢いよく置かれた器からは湯気が立ち昇り、薄茶色のチャーシューが2枚顔をのぞかせている。乳白色に濁ったスープにはこれでもかと背脂が浮いている。その中に箸を丁寧にいれて細麺をがっつりとつかむ。口に運ぶとスープも絡んでくる。細いが主張を失っていない麺と深い味のスープ。結局待ちきれなくなってどんぶりごと傾けて飲む。きくらげも器用に取って麺といっしょに。熱さにギリギリ耐えながら、餃子にシフトチェンジ。少しだけかじってからタレにつける。強めのニラとニンニクの味。それを追うように肉の旨味が現れる。よし、ここで白飯だ。やはり日本人は米。結局、米。さあ二口食べたところで豚骨を――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る