幸せのお裾分け

 ここは幸せのやしろ。RPGに出てきそうな安っぽい名前とか言わないでくれ。それにこれは現実世界に私がつくったものなのだから。まあ、つくったと言っても約2000年前くらいにつくったのだけど。それをちゃんと守ってきてくれた人間たち、とくに代々神主を続けてきてくれたこの一族とこの社に価値を見出して通ってくれた地域の人たちには感謝してもしきれない。


 ここは元々、私が自分のためにつくった場所だった。何年生きても死ぬことはなく楽しみを感じることなど難しかった。少しいいことがあってもそれは過ぎゆくときの流れですぐに薄まっていってしまう。だからといって何か楽しいことを、うれしいことを血眼になって探すのも違う気がした。幸せが天から降ってこないかななんて真剣に考えたこともある。天上にいる私が、天からなんて願うのもおかしな話だけど。


 そうやってぼおっと過ごしているとある日思いついた。人の幸せをお裾分けしてもらえばいいんだ。別に幸せを乗っ取ろうというのではない。ただ、幸せに感じたこと、うれしかったこと、楽しかったことを教えてもらえばいいのだ。そういう前向きな明るい話はいくら聞いても飽きない。多ければ多いほど幸福に浸ることができる。


 こう思い立った後は早かった。少し自分の力を使って神社を建ててもらった。それがこの「幸せの社」だ。いまやガイドブックなんかにも載っている。例えば、こんな具合だ。


 最近、自分が感じた幸せを神様に報告!そうすればその幸せが何倍にもなって返ってくる神社「幸せの社」


 参拝客が個人的な幸せを私に教えてくれる。私は満足しながらお礼としてそれを増幅する。こんなすばらしい仕組みはない。人間の方も実際に効果があると感じたのか、たちまちこの片田舎の神社は有名になって訪れる人の数は時代が移ろうのとともに増えていった。


 今日も聞こえてくる。心の中で唱えられた人々の幸せが。


 部活で県大会に出て格上相手に一勝できました。

 3年同棲してた彼女と結婚しました。

 日曜日なのでのんびり寝れて幸せでした。

 ホットケーキが簡単につくれてしかもおいしかったです。


 うんうん。どれも大切な幸せだ。おや、姿は見えるのに聞こえてこない少女がいる。


      ええっと、この神社に来れたことがうれしいです。


 ああ、悩んでいたのか。幸せがいっぱいだから選ぶのに悩んだのか、それとも何とか絞り出した幸せだったのか。


 全部全部この「幸せの社」のおかげですっ。


 どうやら私の杞憂だったようだ。よかった。

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