ふぁみれす

 じゃあ、りっくん、ここに座っててね。ちょっと、さっちゃんとおトイレ行ってくるから。母親はそう言って小学2年生の子どもをファミレスの座席に座らせたまま、2才と7か月の娘のおむつを替えにトイレに行った。



 ママがさっちゃんと一緒に行っちゃった。座っててって言われたから、いつもみたいにしとこ。えっといつもママはなんか食べ物の写真がいっぱいの大きな紙、えーっとメニュー?を取り出して僕たちに見せてくれたっけ。あれは店員さんが持ってきてくれたんだっけ。


 男の子はきょろきょろしているが、平日とはいえ昼過ぎなのでホールスタッフも忙しい。ちなみに律の通う小学校は運動会の振り替えということで今日は休みである。


 あっ、これだ。この大きなスパゲッティが載ってるやつ。男の子はそれをめくるといつも見ていた順番に写真が現れることに気づいた。今日は何にしようかな。迷うなぁ。でもカロリーが、、、。そんな母親の口癖を真似しながらページをめくっている。


 これおいしそう。目玉焼きとベーコンとハンバーグ。いつもはこれ食べさせてくれないんだよね。パパは食べてるのに。なんか多いからとか言って。せいぜいハンバーグだけのやつならいいよって誕生日に言われたことがあるけど。じゃあ、これにしよ。座っててって言われたけど待っててねとは言われてないし。えーっと、どうやって店員さんを呼ぶんだっけ。たしかパパは手を挙げるんだけど。それでママが恥ずかしいからやめてって言ってたな。えーっとその代わりに何だっけ。


 あっ、これこれ。


 ピンポーン


 鳴った。この音で合ってるはず。あとは待ってれば。あっ来た来た。お姉さんが来た。


 店員は困り顔である。何しろ向かった14番テーブルには一人の子どもしかいないのである。それでもマニュアルを守るしかない。


「ご注文をお伺いします――えっと、何が食べたいか決まった?」

「うん。これ。ハンバーグ」

「かしこまりました。目玉焼きとベーコンのハンバーググリルセットですね。ライスはいかがなさいますか――えっと、ご飯は食べる?」

「うん。普通の大きさのやつ」

「かしこまりました。ではライスをお持ちしますね」

「うん。おもち。おもち」


 男の子はうれしそうに床につかない足をぶらぶらさせている。そのままメニューをパラパラとめくっていると母親が戻って来た。


「りっくん、いいこにしてた?」

「うん。あっ、ありがとうございます」

「こちら目玉焼きとベーコンのハンバーググリルセットとライスになります。ごゆっくりどうぞ」

「うん、ごゆっくりしてるよ」

「それはうれしい限りでございます。追加注文などございましたらボタンを押してお呼びください」


 男の子はうれしそうにナイフとフォークをテーブルの上のケースから取り出した。母親はハンバーグの残りが回ってくることを予想してアボカドのサラダとパンケーキを頼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る