粘土と姿見の部屋
青年は粘土を捏ねている。そこはタイル張りの部屋のようだが壁は随分と遠くにあるようで見えない。ただ、この殺風景な部屋にもう一つあるものが置かれている。それは姿見だ。青年は粘土を姿見と自分の間に置いてひたすらに粘土を捏ねて造形を続ける。
青年は一人だった。なぜか一人だった。それに生まれたときからこの場所にいたのかは分からない。食べ物も飲み物もそこには無いのだけれどなぜか問題はなかった。青年は誰から教わるでなくても大抵のことはできた。それを活かせる機会は無かったが。
初めの頃は粘土には興味を示さなかった。ただ大声を出してみたり、辺りを走り回ってみたり、飛び跳ねてみたりしていた。そして疲れたら寝る。そんな毎日だった。まあ、その場所には日が差し込むこともないし、彼は一日という概念を知らないかもしれないが。
だが、ひとしきり体を動かして疲れた青年はあるとき足下にある白い塊に興味を示した。はじめての触り心地に最初は驚いていたものの、それで思い通りに形を作れることに気づいた。そして簡単な立体を作ったあと青年は大きなものを作り始めた。黙々と粘土を積み上げ自分と同じくらいの円柱を作り、そのあとに細長いパーツを上部両端につけ、全体の下の方を左右に分岐させていく。
どうやら人を作っているようだ。だから姿見をはじめから近くに持ってきていたのかもしれない。段々と首らしきもの、その上に顔らしきものができあがっていく。青年はここで床に座って一休みしながら姿見をまじまじと見ている。そして顔に手を当てている。もしかすると顔を製作しようと考えているのかもしれない。そうすると最終的には自分と同じ背格好、同じ顔の粘土細工が完成してしまうのだが彼はその違和感に気づかない。だって彼は最初から一人だったから。
やはり顔を作ろうとしていたようで青年は自分の顔を忠実に再現し始めた。頭を揺らすと流れが変わってしまう髪の毛については完璧な模倣をあきらめたようだが、他はほぼ完全なコピーとなっている。そして完成した粘土を見て青年は誇らしげだ。うれしさのあまり叫んでいる。
彼はその喜びを分かち合おうとしきりに粘土に話しかける。だが返事はいつまでたってもない。それは当たり前のことだが青年はそのことに気づかない。その代わり別のことに思い当たったようだ。急に彼は口を閉ざした。そして自分が作った人型の粘土の前に仁王立ちして口を一文字に結んだ。姿見から出てきたのかと思うくらい同じ形の立体が向かい合っていた。
青年はどうやら自分が粘土に合わせればいい、自分が粘土に近づけばいいと考えたようだった。この時から青年は動かなくなりしゃべらなくなった。
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