澄んだ緑色の身体

 緑の人と呼ばれる人間があった。


 文字通り緑色だったらしい。私は見たことがないけれど両親の世代には見たことがある人もいるそうだ。ちなみに父は噂で聞いただけだったらしいが、母は友達がその人に遭遇したとかで当時はその話題で持ち切りだったという。父が大学生、母が高校生のときらしい。ネットの掲示板で見たこの都市伝説をそれとなく両親に話すと二人とも、ああ、そんなこともあったねえなんて言いながら教えてくれた。


 父親が聞いたことのあった噂は、不衛生な生活をしていた男の体に苔やカビが生えてきたのだという話だそうだ。職もなく学生寮に居座り続けたその男はたまに外に出て残飯を漁る以外は部屋で寝ていたという。電気も水道もガスも当然止まった部屋で。足を伸ばしたらスペースがなくなってしまう部屋で。苔やカビも徐々に生えていくものだから同じ寮に住んでいた学生たちもその異変に気付かず、ある日出くわした寮監が驚いて事情を訊くと、当人も驚いていたという。


 母が友人から聞いた話は違っていた。その友人は遠目にその女を見ただけだという。しかし、それだけでも注目してしまうくらい緑色の風貌だったという。その友人が一人で立ち尽くしながら緑色の女を見ていると、どこからともなく老婆が出てきて話しかけてきたという。あの女は植物が好きで、手当たりしだい草花を食べていたんだ。いつの間にか愛でる対象と同じ色に自分の皮膚が変色していっているのを見て女は歓喜したらしい。しかも、その頃から水だけ飲んでいれば不十分しなくなった。本人はその仕組みが分かっていないみたいだったけれど、子どもたちは光合成だ光合成だと騒ぎ立てていたんだよ。そう母の友人は告げられたという。老婆がいなくなっていたときには女の姿もなかったという。


 私はこんな話を日曜の昼下がりに聞きながら目をとじてぽおっと空想にふけっていた。母親も私がソファーの上で昼寝し始めたと思ったのか話しかけるのをやめていた。がんばって想像力を働かせなくても不思議と緑の人の姿が脳内に浮かび上がって来た。確かに男の人か女の人かも分からない。そう言われればどちらでも納得してしまうような出で立ちだ。


 ふと、その人がこちらを振り返った。そして段々と近づいてきた。そのきれいな緑色をした左腕をこちらに差し出して微笑みかけてきた。私は右足を前に出し――



「ほら、起きなさい。ねえ」

「なんか今、嫌な予感がしたぞ」



 洗濯物を干していた母が庭から戻って来て、父親はドタドタと足音をさせて書斎から下りてきた。


 私は自分の右手を見つめた。

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