この男はいつも面白くない話ばかりする

 あのな、それでな、ネコが花壇の上に座ってたの、そしたらそこに男の子が来て遠くからネコを怖がらせないように、逃げられないようにそぉっと近づいてたの。そしたら息子がいなくなったことに焦った母親が曲がり角から出てきて、子どもの名前を呼んだの。当然ネコは逃げ出して男の子はふくれっ面。そしたら母親が言ったんだよ。「あのネコは野良猫ね」って。


 ハハハッ。


 こりゃあ傑作だろ。何を言うかと思ったら野良猫ね。だぞ。もう笑止千万な。俺はそれを道路挟んだ向かいのマンションのベランダから見てたんだけど、怪しまれたからそそくさと部屋に戻ったわ。昼下がりに呑気に洗濯物干してる30過ぎの男ってだけでも怪しいのにな。まあたヤバい奴だと思われちまうよ。

 そうそうヤバいと言えばな、スーパーに行ったときに試食をやってたんだよ。でも最近は色々と厳しいから子どもだけだと試食させてくれないんだな。だから子どもたちは試食したかったら、保護者を連れて行ってアレルギーはないですってのを大人の口から言ってもらわないとならないわけ。それで小1くらいの男の子がウインナーを食べたくてお母さんを鮮魚のコーナーから引っ張ってきたわけよ。それで定番のお子様にアレルギーはございますかっておばちゃんが聞くのさ。だるそうに。そしたらお母さんが考えこんじゃってさ。何を思ったかは分からないけど。子どもは自分にウインナーのアレルギーがないことは分かってるから早くそう言ってほしいし、試食のおばちゃんもさっさと食べてもらって売りつけたいわけよ。で、急にお母さんが口を開いたかと思えば、「この子ネコアレルギーです」って言ったんだよ。


 ハハハッ。


 関係ないでしょ。とりあえずネコアレルギーは。ってまたネコの話だな。まあ、そのあとは、ははあ、なんて言いながらおばちゃんがつまようじを男の子に渡してあげて、お母さんの方はいかの刺身を取りに行ったんだよ。ちなみにそんとき俺は隣でミートボールを見てたから、あやうく声を出しそうになったんだけど、何とかこらえたね。いやあ、あれは自分でも頑張ったと思うよ。さすがにここで声出したら、もうこのスーパーに行きづらくなると思ってね。でも、笑いたいときに笑えないってのも生きづらいもんだなあって思ったな。あんとき。だって笑いたくても笑えないんだぜ。そう思わないか、ミヨ。思うよな。なんでお前は笑わなくなっちまったんだ。あれだよな、そうだよな。俺の話がつまらないからミヨみよは笑ってくれないんだよな。そうだよな。ごめんな。俺、もっと面白い話もってきて、面白おかしく話せるようになるからさ。そんときは笑ってくれよ。な、ミヨ。お願いだから。な。よろしくな。


 男は怖くて、いつもつまらない話を下手な風に話しては病室をあとにする。

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