死とその周辺

 人生を生きやすくするコツというのを僕は知っている。どこで手に入れたのかって。自己啓発本とかに載っていたわけではない。なんとなく高卒で職に就いた今、呆然と感じているだけだ。物心がついた保育園時代、一番子どもらしかった小学生時代、分かりやすく大人ぶっていた中学生時代、醒めきっていた高校時代。これらを通して、そして販売員に就職して感じたことだ。

 何?もったいぶるなって。たしかにそうだ。大したことないだろうから。それはね自分を少し殺すことだよ。少しだけ殺すことで生きやすくなるんだ。指の先を針で突いてそこから流れる血で遺書をしたためるようなそんな気分で僕は毎日を過ごしているんだ。別にどうってことはない。実際に遺書を書いているわけでもないし、いざ書けと言われればその内容に詰まってしまうだろう。でも、そんなことを空想していないとやってられない。



◆◆◆



 知っているかい。僕ら蜘蛛は自分がつくった巣に引っ掛かることはないんだ。そりゃ、そうだろう。そんなまぬけな奴いてたまるかって。その通りだよ。でも、それは別に僕たちが細心の注意を払って頑張ったりしているわけではない。ただ僕たちの身体から出る縦糸はべとつかなくて、横糸はべとついている。ただ、それだけなんだ。

 僕たちの巣に捕まってしまった蝶とか蛾とかが僕たちを睨んでくることがある。そんなとき僕は――他の奴らがどう思ってるかは知らないけど――僕は辛くなる。別に僕は君たちを捕まえたかったわけじゃない。本能的にこういう行動をとるようにできているだけなんだ。水が高きより低きに流れるように。だから、たまに君たちに死んで詫びたくなるときがある。でも、こんな目の前に糸という君たちを死に追い込んだものがあっても僕はそれで死ぬことはできないんだ。



◆◆◆



 「容疑者はペーパーナイフを前日にホームセンターで購入していたとみられ――」

 こんな報道を耳にしたとき、僕の気持ちを考えたことはある?ペーパーナイフの気持ち。封を切るために生まれてきたのに、いつのまにか人の生命線を切ってしまっている僕の気持ちを。水をはじく皮膚を突き抜けて柔らかい肉を刺す。そこには神経や血管もあって、、、なんて細かい描写はやめよう。僕も思い出したくないや。

 そうやって血に染められて錆びそうになっても、丁寧に手入れをしてもらえるものだから僕はもう一度前線に戻ることになる。ああ、あのときに完全に再起不能になってしまえていれば。研ぎなおしてくれた人には悪いけど、こう思ったことは少なくない。だけど、またいつも通り封筒を切っていると、やっぱりこの暮らしが楽しいやなんて安易に思いなおしたりするんだ。ってどうだっていいね、こんな話。

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