ハガキに一行
『死にたい』
こう一行だけ書かれたハガキがさっき郵便受けに入っていた。きれいな白鳥の切手が貼ってあって、宛名や僕の住所、郵便番号、差出人の名前、住所、郵便番号も丁寧な字で書かれている。差出人の名前を見てもピンと来ないから偽名なのかもしれない。それでも僕の住所などは正しいからちゃんと送られてきたというわけだろう。
さて、死にたいとだけ書かれたハガキ。気味が悪いというのが素直なところだけど、放っておくのはもっと気味が悪い。幸いにも相手の住所は書いてあるのだから、とりあえずここ宛てに返事を書いてみよう。ハガキと切手なんていつぶりだろうと思いながら棚の中をガサゴソすると小学校のころに使っていたレターセットが出てきた。就職してからも便箋やハガキなどはここにまとめていた。中には三枚、ハガキが入っていた。さっそく書くことにしようか。
と思い立ったはいいものの、なんと書こうか。相手が一行なのだからこちらも単刀直入に内容を書けばいいのだが、はたして「死にたい」になんて返そうか。真っ先に思いつくのは「死ぬな」だが何か違う気がする。僕は人に指図できるような人間でもないし、死にたい人に死ぬなというのは一番言ってはいけない言葉なようにも思える。だからといって「死んだら?」というのも酷い話だ。それでもし本当に死なれたら夢見も悪い。でも、色々と調べて最適解といえそうな返事をするのもおかしい。そんな借りてきたような言葉じゃなく自分の本当の想いを返したい。相手は本当に死にたいのだろうから。
『死んでしまったら悲しいです』
結局、この文に落ち着いた。なんだか真っ白なハガキにこの一行だけを書くと、どうにもこれ以上の返答は他にないように思えて、すぐに近くの郵便ポストに投函してきた。回収は明日の午前中まで来ないというのに。
投函できた達成感に浸りながら晩ご飯を食べていると、もしかしたら郵便が回収されて相手のところに配達されるまでの間に、自殺してしまうんじゃないか、という不安が生まれてきた。でも、もうどうしようもない。
そう腹をくくった二日後、再びあの几帳面な字でハガキが届いた。さっそく裏返す。
『あなたが悲しむのならもっと死にたくなりました』
え。これはどういうことだろう。差出人は僕に悲しんでほしいのだろうか。これでは正直な気持ちを書いた意味がない。でも、どうしよう。どう返事をすればいいのだろう。じゃあ、あなたが死んでも悲しくありません、と送るわけにもいかない。
その日の晩は、よく眠れなかった。でも寝不足ながらも会社に行き、夜に返ってくると一枚ハガキが郵便受けに入っていた。
『死んでしまったら悲しむあなたを見れませんね』
うん。確かにその通りだ。このことに気づいて急いで続きを書いて送ったということだろうか。でも、僕はこれにも返事が書けない。今頃そんなことに気づいたんですか、なんて書けない。そして、これ以来、僕があの几帳面で丁寧な字を見ることはなかった。
差出人のいまは誰も知らない。
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