国民皆注射

 経済を回していた二つの大国が貿易を通して攻撃しあった結果、世界は不景気に襲われた。企業の業績は落ち、GDPも例年と比べて大きく低下した。いつもと同じことをしているはずなのに、むしろこれまで以上に努力をしているはずなのに、結果がついて来ないという現実が露わになった。その影響で我が国の国民のやる気は削がれた。自分達は頑張っても結果が出せないのだという諦めムードが国全体に漂っていた。

 これを打破しようと健康省が打ち出した政策が国民皆注射だった。注射するのは海外で発明された最新の薬で、臨床実験も既に済んでいるという。政府は薬の効能を能力向上だと発表したが、その怪しさから批判の声が殺到した。そんな麻薬のようなものを3歳以上の国民全員に強制接種させるなんて、と。しかも極め付けは副反応が未解明だという事実だ。

 このような状況で推進派と反対派が拮抗していたのだが、あるとき流れは一変した。医療先進国である国の大統領が太鼓判を押したのだ。この大統領は医療に精通していることで世界的に有名である。のちにこの発言は政府の根回しの結果だったことが判明するのだが、そんなことは誰も気にしていなかった。

 その理由は単純明快である。国内経済が上向きの兆候を示したのだ。国民はその知らせに喜んだが、その多くはこうなった所以を知らなかった。


 では、実際には何が起きたのか。

 まず、いかなる副反応が現れるか分からないと伝えられている国民たちは何か異常があると、これは副反応ではないかと健康省の担当部署に問い合わせる。同じ症状が出た人の中にはそれに同意する者も現れた。そして副反応らしきものが見られたら政府に告げ口するという構図が出来上がると、しだいに些細なことでもこれは副反応ではないかと国民が疑い出す。ちょっと体がだるいだとか気分がすぐれないなんてことも副反応のせいになった。

 そうすると国民たちは自信を取り戻してきた。いかんせん何があっても注射の副反応のせいなのだ。睡眠不足が重なって仕事で受注の個数を間違えても副反応のせい、医療過誤が起きても副反応のせい、テストで計算ミスをしても副反応のせい。だから、自分たちの能力が低いわけではない。そう思い込んだ国民のエネルギーはすさまじかった。間違うことを恐れず突き進んでいけるため、多少の犠牲はあれど大局的に見れば国力が増強されたことは明らかだった。

 こうして政府はビタミン剤を投与するだけで景気を取り戻すことに成功した。無論、太鼓判を押した大統領の国とは真っ先に貿易を活性化させた。

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