モニターから流れるハンバーグ指南
目隠しを外し、ドアを開けるとそこはキッチン。加えてテレビがポツンと一台置いてある。
ぼあぁ。画面に光が灯り顔を手で隠した人物が現れた。性別や年齢はよく分からない。ボイスチェンジャーも使っているのだろう。
「いいな、まず玉ねぎを刻め」
おぼつかない手つきで玉ねぎを手に取る男。上と下を切り落としたあと慣れないながらも皮をむきシンクのゴミ入れに入れている。そのまま水で軽く流し縦に半分に切る。そのまま倒してみじん切り。まず横に包丁を入れたあと縦向きに筋を入れて切る。
「じゃあ、油をフライパンにしいて飴色になるまで炒めろ。透き通るまでということだな」
サラダ油をコンロの下の収納から見つけ出した男は、適当にフライパンに注いでいる。おそらく注ぎすぎだが。暇そうな顔で菜箸を使って玉ねぎを炒めている。
「その間にひき肉、卵、牛乳、パン粉をボウルに入れて混ぜろ」
おいおい指示が雑だな一気に言いやがってと分かりやすく男は顔を顰めながら、冷蔵庫の中を漁っている。なぜか卵二つを両手で割ることのできる男。得意げな顔をしている。急に水を得た魚のように手際がよくなっている。さくさくとタネを混ぜる男。なぜか二人分の材料が用意されていたようで、二つに分けて成形している。両手でパフパフとしながら空気を抜いている。
「中に氷を一つ入れなさい」
男は首をかしげながらも氷を押し込んでいる。
「氷によってタネの温度は下がり肉の脂が不用意に溶けることを防いでくれるし、蒸し焼きに似た効果も発揮されるんだ」
男の困り顔に気づいたのかモニターに映った人間が解説している。ああ、なるほどな、なんて男も自然に相槌を打っている。
「じゃあ火にかけてくれ」
ああ。男はコンロの目盛りを回し中火に合わせている。
「片側が焼けたら裏返して、そのあと水が足りなさそうだったら水を追加して弱火で蒸し焼きにしろ」
男は楽しそうにハンバーグを見つめている。
「ソースは――」
ああ、もうつくってあるよ。最後にもう一度、火にかけてあたためるだけだ。デミグラスがいいんだろう?まあ、デミグラスソースの缶詰をほぼそのまま使っているだけだけど。
どうやら男はモニターの中の人が何を言うか分かっているようだった。モニターを覗く男はどこか寂しげな色を瞳に浮かべながらも完成したハンバーグをお皿に盛りつけている。人参嫌いだしグラッセは要らないよな。そう言いながらテレビに近い方の席にハンバーグを一皿置き、自分用にも一皿置いた。
モニターは録画だったようで右下には3年前の今日の日付が出ている。
男は3年前に妻が病室で撮ったビデオレターを流していたのだった。
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