ティッシュと赤い線
夜中の1時。うちの子が寝る前にカッターで自傷行為をしているのを私は知っている。中学校に上がったストレスからなのか、ゴールデンウィーク明けごろからそれは始まった気がする。私はいつも日付けが変わる前にはベッドに入るから、おそらくそれを見計らっているのだろう。夫婦の寝室と子ども部屋は廊下を挟んで向かいだから、ドアの開く音なんかは静かな夜によく響く。
夫はその音に全く気がつかないみたいだけど、私には聞こえる。ドアの音がしただけでは自傷行為とは決めつけられないけれど、他にも理由はある。まず、あの子は集中力がある方だから一度勉強を始めたら、何か他のことを始めてしまうという性格じゃない。トイレの可能性も考えられるが、それだと水を流す音が聞こえるはずだし、何か食べたり飲んだりしようと思ったのだったら冷蔵庫を開ける音がするはずだ。そして何よりティッシュが一枚減るのだ。夜に子ども部屋の扉が開いた次の朝は。あの子は気づいていないのだろうけど、私はティッシュを使ったら上から1センチの部分を折り曲げ、さらにもう一回折っておく。いつの間にか夫もそれを真似するようになった。
だが、リビングの電気も付けずに自室に戻るあの子は、その奇妙なティッシュの形に気がつかないのだろう。自傷したあとに落ち着いて神経を張り巡らしていても怖いけれど。あの子の自傷は毎日というわけではない。ちなみにリストカットという言葉を使っていないのは、おそらく手首以外も切っているだろう、と思っているからだ。はじめ、ゴミ袋の奥深くに押し込められた血の付いたティッシュを見たときは驚いた。どこか怪我したのかなとか、鼻血かなとか、思ったけれど血液が細い直線状に付着しているのを見てこれは何かを拭ったものだろう、とピンときた。
そこから自傷という考えに行きつくのに時間はかからなかった。そういえば自傷行為ってなんでやりたくなるんだろう、と思って昔調べたことがある。たしか、自分の感じる精神的苦痛を肉体的苦痛で誤魔化すため、自分の身体を傷つけてコントロールすることで思うようにことが運ばない現実から目を背けるためとかだった気がする。
私は向かいの部屋のドアの音を聞きながら、ベッドの上でこんなことをぼんやりと考える。いつもこの後に物音はしないから多分、自傷で心を落ち着けて眠りにつくのだろう。私は翌朝起きて夫を見送り、子どもを見送ったあと一人でゴミ袋を漁る。そして赤色の走ったティッシュを見て思う。やっぱり私の血を継いでるのね、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます