増坂コミュニケーション学校

 じゃあ、授業を終わります。はい、解散。


 ―—ありがとうございました。


 大学生らしき人もいれば社会人、高齢者まで様々な人が荷物を片付け、古びた教室から出ていく。


 ここは増坂コミュニケーション学校。デジタル化が進む昨今、人と人の対面のコミュニケーションの重要性が見直されてきた風潮を受け、設立された学校だ。名前こそ学校とついているが義務教育を担当するわけでもなければ、高校や大学のような機関でもない。英会話教室やダンススクールといった団体、施設に近いと言えるだろう。お金を払って入校して、最終的にはコミュニケーション管理士の資格を取得することを目的とする。国家資格ではないため、現在は知名度も効力もあまりないが、これから重用されるであろうと目論まれている。


 先ほどあった授業は理論3。全部で10ある単元の3つ目ということで内容は基礎の完成といったところだ。たしか、心理学の観点から人間が初対面の人にどのような印象をどのような要因から抱くのか、というのが主題だった。50分授業のあとに10分間の小テストがあり、点数が9割に満たない生徒は再履修となる。基準としては割と厳しめと言える。


 理論という科目名からも分かるようにもう一つ実践という科目がある。こちらは実践1から実践5までが用意されている。こちらは一週間に一度だけの授業であり、毎回課題が一つ課される。その課題を一週間かけて完成させるのである。実践1の課題は【関係構築】その名の通り面識のない人間ふたりを出会わせ知り合いに発展させるのである。別に知り合いなんて小さいことを言わず、友達でも親友でも恋人でもいい。講師側から、じゃあ君はこの二人の担当ね、といった感じで人物資料を渡されるから、それを参考にして行動する。


 実践2の課題は【険悪化】その名の通り二人の人間の仲を悪くさせる課題である。これも期間は一週間。ちなみに実践3では【断絶化】となっている。実践1から3まで同じ二人を担当することもあれば、対象が別の人に移る場合もある。二人の人間関係を扱うのはここまでで実践4、5では複数人の関係や団体、組織などを扱うようになる。こういった課題は増坂コミュニケーション学校を運営している増坂事務所に舞い込んだ依頼であることがほとんどである。料金をもらっている以上、依頼完遂に全力を尽くさなければならないので、生徒のみでは成功させられなさそうな場合には講師が介入することもある。無論、この講師たちは増坂事務所所属の現役工作員である。


 全てのカリキュラムを終え、理論・実践の両輪を兼ね備えた生徒はコミュニケーション管理士の資格を付与される。個人事務所を立ち上げたり、他の事務所に就職するときなども、この資格を持っているとかなり有利にはたらく。ちなみに、格別優秀と認められた生徒については、増坂事務所から直接雇用を打診されることが稀にある。

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