あれはバクの仕業か
「ねえねえ、ママ、あれ何?」
「え、どれ?」
「あれだよ、あれ、あのおっきいの」
「どれ?どこにあるの?」
「お空に浮かんでるよ。あの黒と白の動物」
「(空に動物なんて浮かんでないけれど――)シマウマさんかな?」
「違う。シマウマさんじゃない。もっとお鼻が長くてだらーんってしてる」
「(えっ、何だろう。あっ――)あれはねバクって言うんだよ」
「ばく?」
「そう、バク」
「バク!」
「そうそう、覚えれたかな」
「うん、バクさん覚えた。あれはバクさん!」
バク。夢を喰うとされている動物。人の夢を喰うとされていると言われている動物。夢を喰う、とはどんなものなのだろうか。人が寝ているときに見ている夢を喰うということだろうか。あれ、さっきまでどんな夢を見たんだっけ、と寝ぼけまなこに思い出そうとして思い出せないその原因があの動物だというのだろうか。
それとも夢というのは意志のことを指しているのだろうか。将来の夢と言われるときの夢、自分や世界の理想という意味での夢。少年が抱こうとする夢。そんなものをあのひと抱えほどの大きさで黒と白の色画用紙を貼り合わせたみたいな動物が喰っているというのだろうか。
そういえば最近、やる気がでない。何かをやろう、動こうという意識はあるのだけれど何も行動できない。何かをやりたいとか食べたいとかいう気持ちが湧いてこない。食べた方がいいことは分かっているから、ご飯を炊いて野菜を炒めて口に入れる。それは消化され体をつくる要素となる。それでも惰性で生活しているという感覚が拭えない。惰性というよりは慣性だろうか。生まれたときの弾みのままに生きているというのだろうか。
いや、生まれてきたときからずっとこんな感じではなかったする。小学生のときはホールのケーキを一人で平らげたいと思ったし、中学生のときは部活の大会で一位になりたいと思っていたはず。高校でもあの大学に行きたい、と思っていたはず。なんだか段々、自信が無くなってきた。本当に大きなケーキが食べたかったのだろうか。優勝したかったのだろうか。分からない。この無とも言える状況はいつから始まったのだろうか。
なんだろう。ザラメを入れずにあの綿菓子機の電源を入れ、回している感じ。ぐおんぐおんと音を立てている機械を前に、ぼおっとその中を見つめている。何も中からは出てこないと分かっているけれど、それでも真ん中の部品を見つめる。何か出てくるのではないか。もう少し待てば出てくるのではないか。
違う。たしか、昔、ザラメを入れたことがあったはずだ。それも大量に。なのに、いま綿菓子ができあがらないとはどういうことだろうか。まるで、完成途中で喰われてしまったかのようだ。
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