遺書代筆人

 遺書代筆人。これが私の肩書き。超利き腕のスナイパーがこの国の殺人事件の三分の一に関わっているなんてうわさがあるけれど、私の場合はこの国で書かれた遺書の三分の一に関わっているとでも言うのだろうか。私の主な仕事は遺書を書くこと。それはこの肩書きからも分かると思う。代筆だから本人が書いているわけではないということだが、ここが私の仕事内容のミソだ。

 もちろん、主な仕事は本人から要望を聞いて遺書を法的に効力のあるものとして仕上げることだ。遺産の分配や家はどうするのか、介護してくれたことに対していくらの対価を認めるのか、家宝がある場合にはどうするのか、何を誰に引き継ぐのか、身内に渡すのか、馴染みの骨董屋に売るのか、など。

 ときには、こういった意味の最後の言葉を残したい、なんて言われることもある。自分の死後もみなが平等に暮らせるようにしてほしいという願いを依頼人が持っていれば、じゃあ福沢諭吉のあの言葉を最後に書きましょうかね、なんて提案したりする。

 それだけでも、だいぶプラスアルファの仕事をしていると思うけれど、私の仕事の主な収入源はこのタイプの仕事ではない。私の肩書きは遺書代筆人である。遺書を本人の代わりに書くのである。その点は間違っていないのだけれど、本質は別のところにある。依頼人が本人ではないのだ。

 あの人が自殺したようにこちらで見せかけるから、遺書を書いてほしい。という類の案件があるのだ。会社でパワハラがあったことにして殺すから、こういった内容のことを書いてくれと言われ、参考に社内の人物相関図と業務内容の手引書をもらったこともある。しかし、こういった種類の依頼方法だけでは収入が安定しないから、もう一つ別のパイプを用意してある。

 いわゆる殺し屋を稼業としている人物や組織と手を組んでおくのだ。そのため定期的に遺書を書く仕事が舞い込んでくる。それに必ずしも自殺に見せかける必要は無い。人が死んだときに自分に都合のいいような遺書が存在してさえすればいいのだ。単純な殺しでもいい。事件性が認められようが認められなかろうが、遺書が効力を発揮すれば問題はないのだ。

 と、まあ、ここまで私の仕事の裏側というか内幕というか内情というかを赤裸々に書き連ねてきたわけだ。なんでこんな、儲け方を大っぴらに書いてしまえるのかって?なんで自分のやってきた悪事をつらつらと書き連ねたのかって?何、私が悪事の自覚があるのが意外って?もちろん、よくないことをしてる自覚は私にもある。でも、こんなことを書いたところで誰かが得するわけでもないし、むしろ人を公開させるだけかもしれない。というか確実に公開はさせるだろう。

 でも、私には書きたい理由がある。だってこれは私の遺書だから。

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