修正テープ要員

「ねぇ、私と付き合って。いま、彼女いないんでしょ」

「彼女はいないね、うん」

「じゃあ私と付き合ってよ」

「、、、」

「その間は何よ」

「、、、」

「まあ、でも分かるよ、その沈黙の理由。まだ忘れられない人が居るんでしょ」

「う、うん。なんで分かったの。それにその人のこと知らないよね」

「そうね、知らない。でも分かるのよ」

「なんで」

「しつこいわね。あれよ、あれ、私も一緒なの。あなたと」

「え?」

「もう、全部言わせないでよ。私にも、忘れられない人が、居るの」

「ああ、そういうことか。ごめんね、そんなこと言わせて」

「やめてよ、謝られると逆にやりにくいわ。いっそのこと笑い飛ばして嘲ってくれた方が楽よ。未練たらたら女なんだなって」

「、、、」

「あっ、いやごめん。そうね、あなたも一緒だったのよね。ごめんなさい」

「さっきの言葉そっくりそのまま返すよ」

「さっきの言葉ってどれのことよ」

「謝られると逆にってやつだよ」

「ああ、そういうこと」


 この日から僕たちは付き合うことにした。谷原は元々リアリストだったから、単なる思い付きでこの話を僕にしてきたわけではないことは明白だった。彼女曰く―—と言いつつ今は本当に僕の彼女なのだけれど――お互いに案外この人でもいいじゃないって思ったらそれはそれでありだし、そうならなかったら改めて相手のよさが分かるということだった。しかし彼女もこんなことを言いつつも本当はもう忘れたいらしい。それでも一人では忘れられないから、新たな記憶で上書きしてしまえ、ということらしい。いつも冷静な谷原らしからぬ荒療治な気もするが、それほど彼女も追い詰められていたということなのだろう。


 意外にも僕たちは付き合い始めても何も変わらないね、というタイプではなかった。というか模範的なカップルを僕たちは目指していた。大体、週末には二人でどこかへ出かけたりした。行き先は、ほぼ迷うことなく決まっていく。だって上書きの旅だから。お互いに今まで行ったことのあるところなんかを挙げていけば候補には困らなかった。


 写真フォルダの写真が増えていく度に僕たちの思いは薄まっていったはずだった。でも、それは薄まったわけではなかった。ただ奥に奥にと閉じ込めていただけだった。それは彼女も同じだったようで、定期的に会っていた僕たちの顔には目に見えて疲労の色が浮かんでいた。


 そんな中、行ったショッピングモールで僕たちはある男女に会った。そのとき、僕たち二人の心の中には色んな感情が流れ込んできた。

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