激安アパート

 安いアパートを探していたらここを見つけた。適当に小路や裏通りを歩いていたらパッとこの建物が姿を現したのだ。見かけは古いが中はきれいなんです。数年前にリフォームを入れたので、と不動産屋には言われた。内見に行くとたしかにその通りだった。家賃がかなり低い割にはしっかりした造りで、もう一万高く設定しても問題ないのではないのかというくらいだった。一人暮らしにしては余裕のある8畳間だし。

 内見をしていると案内をしてくれている不動産屋のスタッフに電話がかかって来た。すみません、ちょっと、と言ってアパートの廊下に出ていくのを見送りながら、僕も少し外を見てみようと思い後を追った。僕から少し離れたところで電話をしているスタッフさんの表情はとても柔和だった。僕は自転車置き場やゴミ捨て場などを確認した。こういうところに住民のマナーなどが表れるのだ。

 まだスタッフは電話をしているようだけど、内見用の部屋とはいえ人がいないまま放っておくのもよくないだろうと思い戻ることにした。結構年季が入っているとみえる金属板の階段を上っていると誰かが下りてきた。高い下駄を履いているようでカツカツという澄んだ音が聞こえてくる。見上げると昼間だというのに赤い顔と冬だというのに大きなうちわを持った男がいた。

 よく見るとそれは天狗だった。それなんていう言い方はよくない。でもその人は天狗だったとしてもおかしいし。僕が不思議な顔をしていたからだろう、天狗が何かボソッと口にした。すれ違うときの下駄の音でよく聞こえなかったけれど、多分、人間になんて会いたくないからここに来た、みたいなことを言ったのだろう。たしかに、こんな寂れたところ普通の人なら入居しようと思わまい。それにここを紹介してくれた不動産屋はそもそもここだけだった。

 こんなことを考えていると、この物件が破格の値段であることにも納得がいった。事故物件とかではないにしろ普通の物件ではないのだ。もしかしたら他の入居者も人間ではないのかもしれない。思い返してみると隣の部屋からは豆を手で洗っているような音がしてきたし、ゴミ捨て場にいた女の人は首が急に短くなった気がしてきた。

 と部屋の前でぼーっと立っていると、後ろから声を掛けられた。不動産屋のスタッフだろう。振り返ると何か違和感を感じた。顔が少し違う。そう呟いてしまったのが聞こえたのだろう。

「その大きな目で見つめないで下さいよ、お客様」

そこで言葉を切った相手はのっぺらぼうだった。

「だってもうバレてしまったようですから。お客様にピッタリだと思いますよ。妖怪同士たのしく暮らしませんか?」

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