指輪代わりのメリケンサック

 一番信用できる人間は誰かって?そんなんアタシに決まってんじゃん。アタシ、人なんて信じてないよ。だって結局は他人なんだもん。血なんてつながってない他人。じゃあ、血のつながってる家族なら信じてんのかって言われても返事に困るけどね。他人よりは信じてるけど、結局は別人格。完全には信じてない。だって人間、一番かわいいのは自分だもん。

 それにアタシの場合、アタシがこんなんになっちゃったのも家族のせいだもん。とくに兄二人。父親は蒸発した。ママはアタシたちのために一日中働いていた。深夜のバイトと午前のバイトと午後のバイト。3つも掛け持ちしてた。家には寝に帰ってるも同然で家事は兄とアタシでこなした。幸い私は末っ子だから兄たちのおかげでそんなに苦労はしなかった。

 苦労をしなかった。だけど嫌な思いなら、した。家には母親がほぼ不在。兄二人と妹一人。それは男二人と女一人に等しかった。弟の悪ふざけを咎めていた長男も結局は男だった。簡単に言ってしまえばそれだけのことで、たったそれだけのことでアタシはこんなんになってしまった。でも、それも今となっては昔の話。アタシは変わったんだ。よくも悪くも。


 基本的に男は信用しないことにした。元々、人は信用していなかったけど、男に対してはほんの少しも信用しなくなった。何かあるんじゃないか、本心が別にあるんじゃないか、こうやって疑うことにした。案外、慣れてくれば楽なもので、板についてきた。アタシの周りもアタシをそういう奴だと認識してくれるようになり、もっと楽になった。人に期待しないとストレスがなくなるというのもこういうことだろうか。

 それでもイレギュラーはいる。本当の馬鹿や障害に燃えるタイプなんかがいた。そういう奴らのタチが悪いところは力を行使してくるところだ。こんなときだけ、女子を笠に着たくはないけど、女子に暴力を振るのはダメなんていう観念を奴らは持ち合わせていない。でもアタシを守ってくれる男なんていないからアタシは自衛のすべを身に着けていった。格闘技はもちろん覚えたけれど、本当の力勝負になると負ける場合があるので道具を所持することにした。スタンガンも検討したけど重いからやめにした。その点メリケンサックは指一本用のものなんかもあって便利だった。

 だからアタシはいつもメリケンサックを付けることにした。指に段々なじんできたころアタシのメリケンサックを褒めてくる奴がいた。その翌日、俺のやるよ、お下がり、なんて言ってゴツいやつをアタシにくれた。その翌日も翌々日もアタシがメリケンサックを付けているのは男を威嚇するためだと知っていながら話しかけてきた。毎日毎日、話しかけてきた。勝手に自分語りを始めたかと思えばアタシの体調を気遣ってくるような奴だった。


 一番信用できない奴は誰かって?

 そんなん決まってんじゃん。

 アタシだよ。

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